それから……私と彼女の新たな関係
何だかんだで事後処理も一段落。
山犬に乗り方々を回っていたがとりあえずは今日で終わり。
ミシャグジの力を流したが故に不安定化した土地も一通りは鎮護祝福で元通りとなった。
これは私のリハビリ的な側面も含んでいる。
変化した巨大な力の扱いを早期に心得なければならないからだ。
……理由は少し変わったけれども、やっぱり私は守れる者で居たい。
それは昔の様に自分の居場所を確保したいから、ではなくて
好きな人の傍で私も笑っていられるように……とちょっとだけ前向きな形に。
本当に変われているのか、そこにあまり自信は無いけれども。
新しい私の力は様々な気質を『繋げる』『和ませる』『宥める』事へ特化した。
酷く抽象的ではあるけれど、他者の力へ語り掛ける力と形容すればいいのか。
祝福や加護を束ねたりと守りの汎用性は悪くないようだ。
植物操作に関して昔ほど大規模な事象を引き起こせなくなったが何も問題は無い。
自然と野生は王樹様を引き継ぐ山犬の領分となり、二人揃えばむしろ出来る事が増えたのだから。
こういう『協力』もまた、私が覚えるべき事か。
空を仰ぎながら今後を考える。
大和神霊、というより天照個人に中々壮大な構想があるようで
助けてもらった借りはそれへの積極的参加によって返していかないといけないようだ。
皆に不利とならない様にこっちペースでコントロールしたいけれど天照も中々手強い。
この辺りの調整はこれから長く協議していく事になるだろう。
そして、傷付けてしまった多くの者への償いも続く。
特に優しい木霊たちを望まぬ暴力に狂わせてしまったのは悔恨の極み。
もう気にしてないと再生した本人から慰められたが、
壊れてしまった森を癒しても私がやった事実は変わらない。
猛省しなけれ……ば?
くいっと後ろから袖を引かれた。
私と一緒に山犬に乗っている雉鳴女のご機嫌はどうにも斜め方向へ下降中らしい。
「また良からぬ事を考えていないでしょうね」
……いえ、何も。
難しい顔で空を眺めていたからか妙な勘繰りを受けてしまった。
腰に回された手で密着を強めながら口を尖らせる彼女は私の天敵だ。
聴き慣れたこの台詞と共にあの日以来、四六時中べったりというか、ぴったりというか。
なんだか嬉しくも困った状態である。
山犬以外の誰かが居る場所ではいつもの理知的で落ち着いた感じだが
普段とうって変わった可愛らしいギャップが容赦無く私の心を惑わすのだ。
曰く「一人にしておくと何かをやらかしそう」との事。
……私からすると雉鳴女の自己犠牲精神の方が心配なのだけれどね。
昨日もらった天照からの書簡に、
彼女がどれだけの物を投げ出して私を救おうとしたのかが書かれていた。
ただ単に生き死にだけでなく、仲間や娘達の信頼すら裏切る覚悟。
それこそ罵声の中で自ら死んだ方がまだマシだと思える将来を迎えても構わない、そう言ったのだという。
……過度な献身は周りを哀しませるだけだよ。
「貴方が仰いますか、それを」
ぐぅの音も出やしない。
「こうして私が傍に仕えているのは、
貴方が遠くへ行ってしまわないか心配で堪らないからです。
もし、私を心配してくださるのでしたら、
私が過ちを犯さぬ様に……見守っていてください」
……ずっとお互いに、相手が変な事をしないように、か。
それはきっと素敵な話。
二人の心配は二人で補い合えば良い。
離れたくないし、離したくもない。
天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん……だったかな。
そう在りたい。
故事通りの悲しみなんて無縁なまま、天地果てる時まで。
見つめ合った瞳が潤む。
どちらともなく、自然に唇が重なった。
初冬の肌寒さを埋めるように互いの温もりを感じあう。
雉鳴女の身体は柔らかく華奢で、ともすれば壊れてしまいそうな儚さを覚えた。
硝子細工へ触れるに似て、恐る恐る手を伸ばして頬を撫でると塞いだ口から声が漏れる。
しまったと思い掌をどけようとするとその手は掴まれ、再び絹の滑らかさに導かれてゆく。
すべすべした肌の感触が気持ち良すぎて、
触れる事を許されたと理解するまで軽く十秒は掛かっただろう。
それほどまでに、私の思考を止めてしまうほどに衝撃的だったのだ。
離れた口と口の間に銀糸の橋が架かり、ぽたりとだらしなく垂れ落ちる。
赤みを増した顔、少しだけ乱れた彼女の呼気は甘い。
掴まれた腕はその重みに逆らわず徐々に位置を下げて首筋を撫で、
くすぐったいと身を捩った勢いに慎ましくも美しい女性の膨らみへ到達し……
「二人とも、続きは他でやれ」
人の背中で盛るな、と山犬の言葉で一気に現実へと返された。
嗚呼、穴があったら入りたい。
気が付けば落葉樹の梢越しに神社が見える所まで来ていたのだ。
下手したら他の鳴女や妖怪にも見られてたかもしれない。
でも、赤面しながら恥らう雉鳴女のいじらしい仕草が見れたのは不幸中の幸い……?
無理矢理にポジティブな考えをしてみるが、
やはり恥かしさは消えてくれないようである。
山犬は無情にもそのまま神社まで私達を運んでしまった。
もうちょっと落ち着くまで止まってくれてても良いじゃないか。
何をそんなに怒って……まぁ、背中であんな事してたら普通怒るか。
すっかり居心地が悪くなった(自業自得であるが)背中から飛び降りた。
続いて雉鳴女が降りるのを手伝うべくいつも通りに手を伸ばしたのだが、
繋がれた手の温もりに先ほどの情事を思い出してお互いに固まってしまった。
山犬の呆れを含んだ溜め息で再起動したものの、ギクシャクしてしょうがない。
そして、本堂の真ん中に敷かれていた一組の布団は、いったい誰の悪戯だ。
準備万端とでも言うつもりなのか。
子作りはある意味で神事だと思わなくもないけれどもこれはあんまりだろう。
絶対に何処かから見てるに決まってる。
先刻の野外でのアレは気の迷いというか、迷わされたというか、
そういうものなので仕方無いが好き好んで衆人環視の中を頑張れるほど露出狂じゃあないぞ。
周囲を見渡すが姿は無い。
ええいっ、杜人神系の隠密技能をこんな事に無駄遣いしてるんじゃない。
正直に申し出れば神様、怒ったりしないから出てきなさい。
……って、あの、雉鳴女、何故に布団の中でそわそわしてるんです。
……その脇に畳まれている着物はもしやとは思うんですが。
……え、待って、あ……。