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杜人騒乱……三日目『収斂する血族』




そして、森戸家だけではなかった。




集まった人数は百や二百ではきかないのだ。


近隣の村からも男達が駆けつけて、

歓声と共に山神輿、海神輿の両方を担ぎ上げている。


少年や年寄り達が。

並ぶ松明と、腹まで響く太鼓で勇壮に。

鉢巻を締めた一人が先頭に立っての掛け声。


神の気苦労を『背負(しょ)えや、背負(しょ)えよ』と大声を張り上げて。




「どうでぃ神様、いつもありがとよっ」


「女房にどやされてよぉ、たまには神さん労えってな!」


「おぉおぉ、怖ぇんで機嫌直してもりゃせんかの」




遥か昔、合神の祭りが始まった頃。


村々を巡るには神様も大変だろう、と。

その苦労を背負うべく、と二つの神輿が造られた。


人と神を繋ぐ助け合いと思い遣りの形。


蘇える神遊び。


後ろからは女子供が笛や鼓で着いてくる。


老いも若いも関係無く、列を組み、声を上げて。

荒ぶる神が気を晴らしてくれる様にと、ことさら楽しげに歌う。

『背負えや、背負えよ』と。


その脇に、鶫鳴女の姿。

彼女は山犬と雉鳴女に悪戯がバレた子供の様に、はにかんだ。



「すみません、連れてきたのは私の独断です。

 けれどもきっと、私達が動くまでもなくこうなりましたよ」



言って隣の女性たちへ目を移す。

いずれも杜人所縁の女たちである。



「山犬様、杜人の血はこんな時に安穏と座しておれませぬ。

 遥か先祖も文応の年に九州へ立ち上がったと言うではありませんか。


 それが情けない事に我が夫は震えるばかり。

 男なら神を助けるくらいの気概を見せよと尻を蹴飛ばして参りました。


 調子に乗りやすく、器用な男じゃございませんが身体は丈夫です。

 物の数にもならぬでしょうけれど、どうぞ存分に使ってくださいまし」



その目には当然、山に荒れ狂う龍の威容も見えているだろう。

だが、強い瞳は一歩も引かぬと言葉より雄弁に語っていた。


あぁ、この地は女がしっかりしていなければな。


そんな感想に妙な納得を得た山犬は、笑みを深めた。

子供達の協力が、何よりも嬉しい。



「あぁ、有り難く扱き使わせてもらおう。

 お主等を嫁に貰った事を後悔するくらいにな」



喜びに吠えた山犬への返しは、

苛烈なまでに艶やかな女傑達そのものだった。




「これは異な事を山犬様。

 旦那が後悔する暇なぞありませんよ」


「森戸の女は炊事上手で器量良し!

 床も上手くて文句無しっ、とくるわけで」


「惚れた男を幸せにするのも、

 良い男に育てるのも、女の役目ですから」




そして、援軍はこれだけではない。




「本家の森戸が気張っておるところに、

 儂ら杜辺の者が居ないわけにはいかんですわなぁ」



簡単な旅支度のままに、好々爺が手を上げて自身の存在を示す。



「どうもお久しぶりにございます。

 この老いぼれめにも何なりと御申し付けを。

 儂もまた、杜人の血を引く者ですからの」



大店となっているだけに総員とはいかなかったようだが、

京、堺、伊勢から各杜辺を取り仕切る大旦那と御付が来てくれていた。


そこには当然、鳴女の影がある。



「病み上がりですけれど、舞台は役者が揃ってこそですわ。

 山犬様、しっかりと『縁』を集めてきましたが間に合ったかしら?」



泣き付く真鶸を胸元にあやしながら黄鶲が微笑んでいた。

伊勢で療養しているはずの彼女が無理を押してまで駆けつけてくれたのだ。


幾重にも張られた呪符でようやく保たれる、羽色のくすんだボロボロの身体。


常であれば痛々しさを感じるものなのだろうが、

眩しさすら覚える美しい姿に思えるのは懸命を尽くした結果だからだろう。



「大神様にあんな啖呵を切ったのです。

 誰もが見惚れるような華を咲かせなさい、雉鳴女」



祭りが始まったのだ。


信仰とは思い遣る気持ち。

人も妖も、ただ一つ事を想う。




一人一人の心が雉鳴女の元へ集い、形と成る。


純白の羽衣が生まれ、

優しく山犬と雉鳴女を包んだ。


温かく柔らかな『ありがとう』という気持ちの結晶。


これならば杜人神の心に届くだろう。

山犬は天高く雄叫びを上げた。



機は熟せり。



空で合図を受け取った天照が沸き立つ雲の悉くを吹き払い、

熱風に標的を見失う直下の龍へ降り注ぐ二筋の閃光が両腕を斬り落とす。


龍の怒号は痛みか、それとも怒りか。


仰け反りながら太陽へ喰らいつこうとする喉元を、神鏡が淡く照らし示した。

この場所こそ杜人神の魂が眠る、龍の急所であるのだと。



我々の目的地はあそこだ。


雉鳴女を乗せて山犬は聳え立つ樹龍の真っ直ぐに伸び切った胴体を駆け登る。


見送る人々の後押しを確かに感じながら。



蔦や蔓の体表が山犬を捕捉すべく蠢くが、無駄だ。

追いすがる邪魔者を風が吹き抜ける様に振り切っていく。


太陽の援護は足場を乾かし霧雨に滑る事は無い。

不安定に傾ぐ龍の葉鱗へ爪を立て、しっかと蹴り足に力を込め、直上へ疾走。


見る見る内に大地は遠のき、空が近付く。




ほんの僅か、そこまで来た。

あとは飛び込めば……。


だがしかし、その寸での所で龍が大きく首を振るった。



ここまで来て、何だというのか!



けれども踏み切った足が止まらない。

ズレた軌道、山犬は空中へ放り出される!




落ちるわけにはいかない。

いかないが、蹴る物がなければ修正も利かない。


……このままでは。




「しっかりしろ、間抜けめ」




聞こえる憎まれ口。


旋回する八咫烏がその身を足場に山犬を龍へと弾き戻した。

山犬は樹龍の首は爪を立てて落下せぬよう必死に踏ん張る。



……助かった。



心底肝が冷えた。

八咫烏に助けられたのは癪ではあったが、素直にありがたいと思えた。


全ての手札が揃ったのだ、全員の全てを賭した想いが。

あと僅かのところまで決着の刻がきているのだ。

ここで躓くなど許されない。


そして、落ち着いている暇も無い。

すぐさま移動し続けなければ、脚が蔦に絡みつかれて詰みとなる。


何とか帰ってこれたが、最後の抵抗とばかりに龍は荒ぶり暴力は激しさを増していく。

傾斜と振動に気をつけながら円を描き再びの機を待つしかなかった。



先程は腕を落とした天照へ注意がいっていたからこそ真っ直ぐに飛び込めたが、

今は雉鳴女の羽衣が発する力を嫌がっているのかこちらを振り落とすべく暴れている。



常に動き回らねばならぬのに合わせ、上下左右に激しく揺さ振られ……、

とてもじゃないが動きを止めねば喉元へ飛び込めない。



「ぐぅ……これは……ッ」



ここまで来ての、まさかの手詰まりを山犬は悟ってしまった。


足を止めれば捕縛され、駆け上れば揺さぶられ。

安全に、迅速に、彼女をあの場所へ届ける事が叶わない。


残る手段は……。


山犬が最後の最後に弾き出せたのは無謀、蛮勇、愚策でしかなかった。


『雉鳴女、単独飛行一騎駆け』


だが、あまりにも危険過ぎた。


羽衣の力が標的とされている以上、

機動性に劣る雉鳴女が撃ち落されるは必至。


天照と八咫烏は水弾迎撃と無限に沸く雲、そして腕状触手の処理。

ミシャグジの力を削ぐのに手一杯で若干の援護しか受けさせられない。

その上で正面から龍の喉を目指すなど己から喰われに行くようなもの。


手間取って防御に羽衣の力を浪費してしまえばそれだけでも終わってしまう。



……駄目だ。



やはり可動域の制限で攻撃の薄い胴体を昇るのが正攻法なのは明白だが……。


せめて安定した足場をと、山犬は足元の植物を掌握できるか試みるも効果は無い。

雉鳴女も逃走や拘束に使える簡単な陰陽術は修めていたが、こんな巨大な相手は想定外。

天照組は殺傷力が高すぎて、そも拘束などといった小器用な技を持たない。


状況はもう、好転させられない。




完全な手詰まり。




人間が、妖怪が、神霊が。

こうまでして束ねに束ねた意思が、届かない。



我等如きの意思では世界は動かんと、そういう事なのか。


世界を動かすにはまだ不足とでも言うのか。




「……あと一手、あと一手が何故届かんッ!」




搾り出した山犬の悲痛な叫びは、

龍の咆哮に儚くもかき消されていく。


それは、心を諦めに塗り潰す大音響……。




「山犬……もはや私が行くしか手がありません」




雉鳴女は神妙な声で告げる。

万が一にも満たぬ可能性に賭けるしかなかった。



一人飛び立ち、


水弾と神力の嵐を潜り抜け、


体当たりや噛み付きなどを全て回避し、


羽衣の力をまったく損耗させずに喉元へ辿り着く。


そして、それらにはただの一つも失敗が許されていない。



まず間違いなく失敗する。

当然、雉鳴女は理解していた。


しかし、行かねばならない。

集ってくれた人々の為に奇跡を起こさねばならない。


方法がそれしか無い以上、御膳立てに応え、行く義務があるのだ。

先に待つものが『誰か』ではなく『自分』の行動によって失敗する確定的未来であっても。


山犬は止めたかった。

悲壮な覚悟を決めた雉鳴女を。


行くな、飛ぶな、と。


自らの行動で杜人神を喪えば、彼女は壊れるだろう。

自分にしかぶつける事の出来ない恨みは、彼女を壊すだろう。


責任が、彼女を殺すのだ。




「少し遅い時期かもしれませんが、

 帰ったらいつかのように、三人でお月見をしましょうね」




柔らかな微笑み。

名残惜しいとばかりに優しく山犬を撫でる手が、ソッと離れる。


そして、雉鳴女がいざ飛び出そうとした瞬間……!







高空より飛来した一振りの刀が樹龍の額に突き刺さった。







すると、突き立った場所から祟り神特有の濃い暗紫が抜け落ち

堕ちる前の、生命に溢れた美しく鮮やかな、眩しいまでの緑が帰ってくるではないか。


復活した緑が押し留めているのか、その箇所だけ樹龍の動きが鈍くなっている。


これは……!







「うおぉぉ、よっしゃあッ!

 上手いもんだねアンタ、良いところにいったよ!」



「ちょっ、揺らさなっ、危ないです、洩加計須神」



「ば、馬鹿、大仰に呼ぶなよ!

 あたしはあんま偉くないんだからね。

 此処じゃあただの(カケス)なの、頼むよホントに」



「だ、だから揺らさ……」



「しかし、あんだけしか浄化出来ないってぇ事は、

 神力が出てるのに中はかなり厄い状態なわけか。


 よしっ、次行こう次、さっさと構える!


 雑賀嘉平の全十五代、

 十五振りの奉納刀で綺麗さっぱり浄めるんだ」




大量の刀を腰から紐で吊り下げた鳴女が、

若い男抱えて天照よりも更に上空を飛行していた。


山犬と、その鳴女の視線が合う。


睨みつけていた訳ではないが、

戦況の厳しさから自然と目付きが鋭くなっていたのだろう。




「……ひぃっ、す、すみません山犬様ッ、

 不肖ながら(カケス)鳴女、今しがた九州より到着しました!


 その、こんな一大事に遅刻して申し訳ありません!


 でもほら、挽回すべく刀持って来まし……アレ?

 きょ、許可忘れてましたけど緊急時というわけで見逃してくださいっ。


 遅刻だって理由があるんですよ、ホントですって!

 九州から全速で行くはずだったんすけど『縁』が見つかって……

 とにかく、こっちもこっちで大事件なんですから。


 ほらお前も挨拶しろっ、早く、早く挨拶してお願いっ!」





反射的にペコペコと頭を下げながら高速での弁解。


抱きかかえられた青年に山犬への挨拶を促した。






「偉大なる勇者、森戸戌彦が末孫、第十三代『今津 守人』と申します。

 遥か昔、故郷今津を御守り頂いた先祖の大恩を返すべく、今ここに参りました」






遥か西で果てた子供達の忘れ形見。

けれども、確かに遺され、継がれ続けた『縁』が。



最後の『縁』が、来た!

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