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杜人騒乱……三日目『否定的な無意識下』






這い寄る植物の群体を無造作に焼却しつつ歩を進める天照を、

雉鳴女は実に頼もしく思いながらついて行く。


何もかもが順調に進んでいた。


八咫烏の方にも目をやるが、心配は無いらしい。


半自動的に再生を繰り返す繭の表面をそれ以上の速度で焼き払っている。

中で戦っている山犬を考慮して本来の火力を出せていないらしいが、

この様子だとそう長い時間は掛からないはずだ。




自分は自分の役割を果たそう。


真経津鏡は先程からボンヤリと仄かに光を放っているが何も映さない。

神、妖、混沌とした力場を攪拌する事で障壁の内側に侵入できているが、

どうにもそれが原因なのか鏡自体が映すべき対象の多さから混乱しているようなのだ。


千鬼も妖怪が集まれば各々の気質も千通り異なる。

その異なる力を束ねた揺らぎで干渉しているのだから無理も無い。

真経津鏡は現在対象選別中といったところだろうか。


しかし揺らぎを全て除去しまえば障壁が復活し弾かれてしまう。

そこで、天照と二人で幹を一周しながら揺らぎの影響が少ない場所を探していた。


地面から張り出した巨大な根が邪魔で一回りするだけでも少々時間が掛かったが

繭の位置とは点対称の位置が調べてまわった内で最も適した場所のようだ。


後はそこに行くだけ。


それにしても、と雉鳴女は前を歩く背中に思いを馳せた。


武の神でない筈の天照の凄まじさには驚かされる。

最も多くの信仰を集めている神、とは紛れも無い事実だ。


技巧も何も無い、純粋に神力の巨大さだけで排除せしめんとする空間を闊歩していた。


ここからは大樹と黒雲のせいで確認できないけれども既に日没は過ぎている。

太陽神として不利な時間帯であるにも関わらず、これだ。

かつて杜人神が歩く霊脈と称したその特性は自動で身を守る鎧であり矛。


絶大なその力に、少しだけ憧れてしまう。




そうこう考えている内に目的の場所へ。


雉鳴女の胸に抱かれた真経津鏡が強い反応を示していた。


守りの全てを背の天照に託し、雉鳴女は真経津鏡を高く掲げる。

すると、鏡は独りでに両手から浮かび上がり一際強い光を放った。



神鏡よ、導き給え。



祈る。

それに応える様に鏡は輝きを増す。



「雉鳴女……、どうしたのです?」



ただ祈る。

手を合わせ、ただ一つ事を。



「待ちなさい、一体何が!?

 雉鳴女、返事をしなさいッ!」



雉鳴女は天照よりも強く自分を呼ぶ声を感じていた。

目を開けていられぬほどに輝く真経津鏡が、自身を呼んでいるのだ。


恐怖など無い。



「雉鳴女!」



神鏡に誘われるまま、

雉鳴女の意識は光の中へ吸い込まれていった。













鏡の導きの先に何があるのか。


落着に似た感覚。


尻餅を着いた彼女が腰を摩りながら見上げたのは……異界。




ここは何処?



人の気配が一切無いのが一層の無機質さを与えていた。


異常なまでの透明度と大きさのビードロで外壁を覆った塔の群れ。

およそ常識では測れない建造物が雲にも届くのではないかと思うほどの高さで空を狭めている。



言葉を失いつつも立ち上がろうと地に付けた掌から更なる驚嘆。



継ぎ目がまるで無い石畳、これだけでも異様なのだが都の大通りよりも幅が広いのだ。

表面を撫でると小さな礫を集積した巨大なさざれ石にも思える。

火山から噴出する溶けた岩を固めれば……などと考えたがこんな加工が果たして可能なのか。


続く道の長さに隔絶した技術力の差を感じる。


灰色の道に浮かび上がっている不可思議な白線も通行路を区切るものかと思ったが、

交差路を複雑に走るのを見るに何かしら呪術的な紋様な気もしてきた。

先端が赤や青に点滅する奇怪な棒も意味が分からず不気味。


脇に白く低い奇妙な柵が立っており、そちらにも整備された道があるようだ。


職業柄、分析から入ってしまったが、

こんなに立派な道路、貴人専用かもしれない。


中央にいつまでも座っていて良いものではないだろう。


そそくさと白い柵を越えた先……、

ようやく雉鳴女にも理解できる形式の石畳が存在してくれていたが、

これもまた、芸術性という点で見た事の無い代物だった。


寸分の狂いも許さずとまったく同じ型に切り揃えられた石材が精微に配置してあるのに、

それだけでは味気無いとばかりに美しい絵画の描かれた白磁が一定の間隔で埋め込まれているのだ。

酔狂が過ぎる無駄ではあるが、それを極々普通であるように作っている。



真経津鏡はどのような意図で私を(いざな)ったのか。



混乱を抑え込みながら雉鳴女は考えていた。

何かが杜人神と関係している場所なのだろうとは思うが、

目に映るのは雉鳴女の常識を逸脱した理解に苦しむ光景のみ。



「この場所が何なのかさえ分かれば……」




「日本だよ」




「は?」




「日本、正確にはその思い出だけどね」




あまりにも自然に、答えが与えられた。


雉鳴女の背後に居たのは少年。

歳の頃は十に届くかどうかといったところ。


しかし、何よりも驚かせたのはその容姿。


似ているのだ。

まるで杜人神を幼くしたような……。



「ようこそ雉鳴女。

 そして、さようなら」



雉鳴女が思わず呆気に取られている内に、宣告。


少年が指を鳴らすと、全身に鉄の枷が取り付き

金縛りにあったように雉鳴女は身動ぎ一つ出来なくなった。


もう一度鳴らすと、今度は空が軋み、

そうして生まれた罅割れの向こうには『外』が見えている。


帰そうというのか。



唐突だった。

出現から行動までの全てが。



だからこそだろう。

反射的に雉鳴女の思考は高速で回転し、束縛から逃れる事に成功する。




縛られる訳にも帰される訳にもいかない!

ただそれだけで、戒めが溶けるように消え去り、空は元に戻った。




「やっぱり、帰ってはくれないか」




神鏡は見事に導いてくれたと言えよう。


杜人神の思い出、すなわち記憶から創られている世界。


日本であるというのが良くわからなかったが、

雉鳴女は、ここが杜人神の精神世界だとの理解に至った。


ならば意思こそが力を持つ。


ここならば、意識を失い忘我に囚われた杜人神の覚醒へ直接的に働きかける事ができる。

さしずめ目の前の少年は、昔に教えられた『免疫』という概念か。



「いきなり帰れとは連れないですね。

 私には成さねばならぬ事と、その為に聞きたい事があります」



身構え、少年と相対する。



「まずは、貴方が何者なのか……」



張り詰めた雰囲気の雉鳴女とは対照的に少年は笑みを崩さない。



「そんな剣呑な空気にならなくて良いよ。

 今の僕では君を外に出せないようだし。


 えっと、何者か、だっけ。


 杜人綿津見神……の分身というか何と言うか。

 機能制限された本人……でも半分独立してるしなぁ」



いまいち要領を得なかったが、詳しく聞いていくと

『根』を制御する為に分割された意識の一つであるらしい。


広範囲に渡る『根』を管理するには手が足りない。

ならば単に融合するのではなく、多くの手と目を創ろう。

杜人神はそういう考えで人格を無数に割り『根』へとあたっていた。


しかし、異変が始まった日。


ミシャグジが根から原因不明の侵蝕を仕掛けてきたので

主人格が分散した意識の統合を行なったのだが、先に主人格が眠ってしまったのだ。


戻る先を失った子人格で侵蝕を喰い止めようとしていたが

その殆どが力尽きて眠ってしまい、ミシャグジの力が現出するだけの器械と化した。


これが現在の状況なのだと。



「山犬や君の声で僕は目を覚ませたけれど、

 正直に言って、もう手遅れだ。


 僕の本体も多分そろそろ限界じゃあないかな。


 幸いな事に君は天照を連れて来てくれた。

 分不相応な力を求めた祟り神を、祓って欲しいんだ」



だから、帰ってくれ。

帰って僕を滅ぼしてくれ。


少年の微笑みが哀しく映る。




「……手遅れ、なんかじゃありません」




そう、まだ手遅れではない筈だ。

自分が居る。




「私は諦めません。

 こうして貴方を起こす事が出来ました」




つまりは、ミシャグジの力を弱め、子人格を起こし、

あの人が目を覚ませば全ては解決するのだ。


諦めてたまるか!







気勢を上げる雉鳴女に少年は溜め息を吐く。




「君のそういう頑固な所が僕には好ましいよ。


 けれどね……無理なんだ。


 そもそも『私』は起きたくないと思ってるんだから」






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