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杜人騒乱……二日目『たたかうものたち』


八咫烏の背から見下ろす杜人の山は、

むせ返る程の妖気を孕むどす黒い靄に包まれていた。


まだ日は沈んでいないはずであったが靄によって薄暗く、宵の始めのようだ。


天照は金色の翼に纏わりつく『黒』を自らの掌に導くと握り締め、焼き清めた。


これは、ただの雨雲とは明らかに違う。


勝利の先触れ、という二つ名に相応しく八咫烏は暗黒を切り裂いて飛行しているものの、時たま濃度や粘度の高い、力ある妖魔の残滓と思われる妖気塊が羽に付着してくる。


そのもの自体は既に使用された『力』の残り香であって

天照はおろか八咫烏を害する事など出来ようもなかったが……。



「雉鳴女、状況は悪いと思っていましたが……。

 これ程までに妖の気配が濃いのは、少々不味いのではないでしょうか?」



山一つどころで収まりそうもない大規模過ぎる事件の影響に声を硬くする。


何があったのか。


眼下の暗黒から視線を逸らす事なく落ち着いているが、

雉鳴女もまた、状況の悪化ぶりに汗を掻いていた。


一千鬼もの妖怪達は?


あれだけ数を揃えれば軽い黒雲程度生まれるのは想定内。

……なのだが、あまりに濃すぎる。


まさか、山犬が限界を迎えてしまったのか?


雉鳴女が想定しうる最悪の事態。

それは山犬が倒れ完全な祟りとなった杜人神が

周囲の妖怪や神霊全てに力を与え続ける事での総祟り化だ。


百鬼夜行どころではない。

根が何処までの領域を手にしているのか不明だが呼び水には十分すぎる。


ミシャグジが目を覚ませば大禍刻。

……何もかもを呑み込む、まさしく百万鬼夜行の悪夢。


現状は一体どうなっている。


焦る雉鳴女の前に幼児の様な付喪神貝児(かいちご)を抱えた日雀が現われた。

しかし、急いではいるものの切迫した雰囲気は感じ取れない。



「あ、お帰りなさいませ雉鳴女様!」



サッと状況の説明をお願いすると、これだけの異変にも関わらず

そう悪くない膠着状態に持ち込めていると言うのだ。




雉鳴女が伊勢へ発ってすぐに、妖怪達は壁の突破に掛かった。

力業であったり、壁自体を喰らおうとしたり、とそれぞれの方法で。


当然、中々埒があかなかったが、ただ一人、小法師だけは違ったそうだ。



「あのおじいちゃん、おぼうさんだけあってすごいのね。

 み~んなダメだったのに、あな、あけちゃったんだもの!」



腕に抱かれた貝児が興奮気味に言葉を繋ぐ。



「ぐるぐるまわって、なにやってんだろ?

 っておもったら、いっぱいもじがブワァーって」



要領を得なかったが日雀に聞くと、他の妖怪が暴れて生まれた力の渦を

何やら奇怪奇妙な術で集めて干渉し壁を歪めたらしい。


その歪んだ箇所は障壁の密度が安定せず、苦労はするが通り抜け可能なのだと。


通れる様になったら、まずは山犬を助けねばという事で

繭の上に数百ずつ取り付いて飽和していく神力を吸収、満腹になったら外に出て力を吐く。

こうして山犬が限界に達せぬよう負担を減らしつつ雉鳴女の帰還を待っていた訳だ。


辺りを覆う黒雲の正体は妖気に変換され吐き出されたもの。


妖術の知識ある者たち総出でそれを再利用し歪みを維持しているが、

使い切れなかった分が流れ広がっている……というのが現状だそうな。


中心地は気が濃すぎて力を吐いても自然と吸い直してしまうようになったため、

今のところ碌に手伝えていなかった鳴女衆が上空など薄い場所まで運ぶ手伝いの最中であると。


この陣頭指揮は鶫鳴女が取っており、力の拡散は順調。

当初より広範囲になり一般人が気にあてられる危険があるので追加の避難誘導もやっている……。


千の数は何とも見事な仕事をしてくれていた。




「つまり、祟り化等の危惧された問題は発生しておらず、

 山犬は未だ繭の中なれど健在、破ったわけではないが障壁内に侵入可能」




雉鳴女が反芻した言葉に、天照も頷いた。




「ならば行きましょう」




是非も無い。

その為に貴女を呼んだのだから。


八咫烏は一気に高度を下げその場所へ……。


降り立った雉鳴女は歓声に迎えられた。



「雉の姐貴じゃねぇか、帰りを待ってやしたぜ!」


「キュ、一応仕事はしといたよぉ~」


「ええぃ無駄口叩く前にとっとと吐きに行かんか!」



雉鳴女登場に手を止める妖怪達を一喝しながら、

いつの間にか妖怪衆のまとめ役となっている小法師が進み出る。



「ほっほ、大口を叩いたが儂等はこれで精一杯じゃ。

 水に属する者として波を起こし渦を創る事だけは自信があったんだがの、

 これだけ雁首揃え、法術まで使ったが……中の安定は保証できかねる有様よ」



まるで上手くいっていない風の口ぶりとは裏腹に、

空中を走る大河は怪しげな呪文を描きながら網目状に広がり

天を覆い隠そうと枝葉を広げる大樹の成長を押し留めている。


悪戯が成功したかのようにニヤニヤと笑う小法師。

その背後に揺らいだ空間はしっかりと幹にまで到達し、しっかりと道を形作っていた。



「過ぎた謙遜は嫌味でしかありませんよ。

 どう見ても大妖でなくば成し得ぬ戦果ではありませんか。

 そうですね、小法師などと言わず名を改められては如何です?」



雉鳴女は微笑みを返す。




これで、全ての手札は切られ、場が整った。


八咫烏は山犬を繭から解放し、以降の護衛に合わせて余剰神力の吸収と放射。

天照は接近して真経津鏡で祟り化の要因を見つけ、可能ならば即排除。

深く探りを入れる事で防衛本能による猛攻が予想されるが、太陽神に油断は無い。

現段階で不可能であるならば祟り化の停滞を掛けつつその情報を元に救出案の再検討。


自分がやれる事は無くなった。

それこそ、上手くいくように祈る事だけ。


やるだけやった。


突入の邪魔になるかもしれない。

あとは何かあった時の補助に回ろう。




そうして距離を取ろうとする雉鳴女の腕を、にこやかな笑みを浮かべた天照が掴んだ。

さらに、最重要の鍵である神宝を無理矢理に持たせてくる。




「主役の貴女が舞台を降りてどうするのです」




呆気に取られていた雉鳴女だが、

鏡から両手に伝わる無骨な重みに、ようやく意味が追いついてきた。


天照は最後の場所に立たせようとしているのだ。




「し、しかし天照、私は戦うどころか自分を守る力も……」


「あるではありませんか」


「……え?」




静かな宣告が通り抜ける。




「私が貴女を守る『力』になる。

 貴女は『心』だけを持ってゆけば良い」




……それとも、なんです。

私では心配だとでも思っているのですか?


そう冗談めかして天照が笑う。

合わせる様にして、周囲の妖怪達もまた大声で笑った。


我等が杜人神には太陽神も敵わぬとは、見栄の張りすぎだ。

こりゃあ男を立てるにも程があるぞ、など可笑しそうに。


そして、次第に雉鳴女に対し、行ってこい、行くべきだ、と重なってゆく。




「のぅ、雉鳴女よ。

 儂等も見たくなったぞ。


 大神様直々に整えてくださった晴れ舞台じゃ。

 此度の報酬は神楽舞、その見世物料で構わんからの。


 この地の『守り』は杜人神であったが、

 お主は紛れもなく『守りの守り』であったのだ。


 そこな大神様でも金色烏でもない。

 他ならぬ、お主の手で救うが美しかろうて。


 儂等はそれを見たいのだ、そうだろうよ皆の者!」




小法師に同意する者の応えに山が震えた。

御膳立ては幾らでもしてやる、だから行ってこい、と。


鏡を持つ手にギュッと力が篭る。




「さて、覚悟も決まったようですね。

 雉鳴女は決して私から離れぬよう注意を」




歪む空間を正面に捉え、歩き出す。







行って、助けてくる。


私は一人ではない。

こんなにも味方してくれる人達がいる。







もう何も恐くない。




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