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あかつき……早すぎる『その時』




太陽が昇る前の濃い藍色。

眠りにつき始めた星々。


早起きな虫や獣達、

ざわめく枝葉が森を音で彩っていく。


なんとも、風が心地良い朝。




……と、格好付けて見たが自分の姿を見直して溜め息を吐く。

何がどうなればこうなるのか、逆さになった上で草木に埋もれていた。


ボンヤリした頭で昨夜の自分を思い出す。


木に登って月見して……、いつのまにか眠り込み落下の流れ、か。

そして、私から無意識に零れた力が植物を育て、周りを囲って珍妙な状態に。

野晒しだった私を心配してか、登った木の木霊も合わさって葉と枝に絡まっている。


いや、何も一緒に絡まなくてもいいのではないだろうかね。


おはようの挨拶に続けてそう聞いてみると木霊はケラケラっと笑い、

気持ち良かった、また来てね、などと言いながら自分の宿り樹へ帰っていった。


『根』の拡張や同調率を上げていくにつれて、

私の中の王樹様の力は徐々に強くなってきている。


同じく地に根を張るタイプの神霊、私と親和性の高い妖怪化生には

実行前だが『封神計画』の影響が出始めているのか。


影響といえば最近は睡眠が必要になってきた。


繰り返す同調の負担を回復させようとしているのかもしれない。

慣れてきたとは思っているが、その辺りはまだまだなのだろう。

技術が向上していけば解消できるだろうから暫くはこのままだ。


眠りに落ちる瞬間は、人間だった頃を思い出して懐かしい。

……眠る事の不都合が出るまでは気にしないで良いか。


背伸びをして、欠伸をして、深呼吸で姿勢を正す。




今日は日本史の大きな区切りになる。


戦国時代に終止符が打たれる大決戦、関ヶ原の戦い。

東軍西軍に分かれ勝った方が天下を握る決着の大戦。


鳴女たちからは、やや西軍が有利と聞いているが、

史実通りに推移するのならば強烈な調略攻勢もまた行なわれているだろう。

もっとも、私の知る歴史と生きている武将達や兵の数も違うのだから、

まったく同じ流れになるとも限らないのだが。


個人的には東軍に、というか家康が天下を取った方が良い気がする。

豊臣にも義将多かれど、もはや時勢は握れまい。


国家百年の大計どころかその倍の期間の安寧を守るという

世界的に見ても稀有な、磐石の国家体制の基盤を作る能力が家康にはある。


宗教勢力に対してのシビアさは豊臣も徳川も変わらないけれど、

民の事を考えたら斜陽の西軍よりも暁光の東軍、と相成る訳だ。


大和神霊からの依頼もあり、鳴女たちも結構な数で戦場を監視させている。


果たしてどう推移していくのかと私も気になってはいるのだが、

こちらはこちらでやるべき事がある。




だいたい一週間ほど前からだろうか。


どうにも『根』の調子がおかしいのだ。


不自然なくらいに同化が容易かったり逆に弾かれたりと、

今までの安定性が嘘の様に私を翻弄している。


なので、ここらで一回、深い所まで調整を掛けようかと画策中だ。


東軍が勝ったとしたら、幕府を開いて豊臣方の粛清が終わった頃に計画実行予定。

西軍の場合も相手方を捌き終えたあたりで実行しようと考えている。


だから期間的にも最終調整ぐらいの心持ちだったりするのだ。


そろそろ雉鳴女にも説明、もとい説得を掛けなくてはいけないし……。

きっと、それだけで数年単位になるんだろうなぁ。


……憂鬱だ。


どうにも彼女に舌戦で勝てる気がしない。

でも説明しないまま実行する訳にもいかないからなぁ。


美人が怒るとそれはもう怖いのだ。


表面上は何も無いのに奥でグツグツ煮えたぎっているというか、

逃げ出したくなる雰囲気が発散されてくるともう駄目である。


ああ、おそろしや。




そんな他愛も無い事を考えながら、王樹様の跡へ到着。

日が昇る前の柔らかな静寂に自然と背筋が伸びた。




頭を深く下げ、昨日までの感謝と、今日がある感謝を捧げる。


これは一つの儀式だ。


自分は誰かに生かされているのだと。

神と呼ばれても本質はちっぽけなものだと。

託されたもの、抱えてきたものをありがたむ。


両手を合わせ生まれる輪。


この中に和を創る事が繋いでゆくべき事。

次代に託していかなくてはならない心。


己を再確認する儀式。







さて、落ち着いたところで早速今日の作業に取り掛かる。


並の神霊が迷い込むとそれだけで危険な『根』の入り口は頑張って偽装してある。

すぐ隣の『信仰結晶』が大仰に封印してあるので、まぁ気付くまい。


封印といっても過度の祝福による個人認証みたいなものだから

同質の力を持っている山犬にだけはスルーされてしまうんだけども、

伊達に長い間この山に居座っているわけではないから、山の加護も合わさり鉄壁。


普通はこっちに気を取られて根の発見には至らない、と。


ちなみに根の入り口も結晶ほどではないにせよ、さりげなく強固な守りをしている。

山犬がスルー可能なのも同じだが。




……作業開始。

ずぶずぶと、身体が地中に沈んでゆく。


意識を大地自体に拡散させながら根へ到着。

文字通りの『根元』を抑える自我と、散り散りに『根先』を目指す自我。


自分を分割して細分化するのは何十年とやっていても辛い事に変わりはない。


五十年くらい前にようやく激痛や吐き気を感じる部分を切り離せるようになったが、

統合する時に分離数に比例して倍化する苦痛を味わうからさほど意味が無かったりする。

作業中に影響を受けないというのはリスクを避けれて良いのだけれども。


そして、根はミシャグジへ届く。


イメージ的にはケヤキに取り付いたヤドリギのような物だろうか。

この根で向こう側の膨大なエネルギーの流れ、地脈とも言えるものから

ほんの僅かばかりながら拝借する事ができるのだ。




……この作業をする度に昔の弱い自分を思い出す。


根が繋がってしまうほどに発達したのはおそらく八咫烏戦だ。

如何に王樹様とて敵う筈がなく、対抗する為の力を求めて地を探り見つけ出したのだろう。


あの頃の自分に今の半分程度で良いから力があればなぁ、なんて。

どうにもならない事を毎度毎度考えてしまう。


いい加減に納得しているはずなのに、感情だけはままならない。


まぁ、こうして遺された物が未来の為になっているというのは、

計画の実行が近いのもあって酷く感慨深い。


なるべくしてなった事をあれやこれや言っても仕方がないか。




根先の接続部を中心に異常が無いかを点検していきながら、

空いた意識に計画について考えさせる。







計画では、私は根と同化し、私を要として根から力を蓄え管理する。


皆が立派になったおかげで、もう私でなければ対処できない事件も無い。

安心して休眠状態に移行できるほど、森戸は育ち、鳴女は強くなった。


信仰消失後の私自身の維持と修繕はミシャグジの力を流用し、

そこから流れ込む力は半眷属と化した鳴女たちを養って尚余るくらいだろう。

もはや山だけに納まる存在ではなくなり、国内程度なら自由になるはずだ。


あとは津蟹の様に起動スイッチとなる物を

本家と各分家、あと天皇家にスペア込みで二個くらいずつ渡しておけば良い。


千年もあったら九割くらい紛失するだろうけれども、

祝福しまくって曰く付きな代物にしておけばある程度の廃棄は免れるだろうし、

最終的に一個くらいは杜人の血統か、はたまた好事家か考古学者の手に渡るわけだ。


これに関しては数をばら撒いても良いから増産も視野に入れるかね。

唯一の難点はアレだ、大きくて透明度の高い琥珀を造るのって非常に大変なんだよなぁ。


とりあえず休眠中を待つのはこんな感じを予定している。

人間が幻想を再び必要とする時がくれば、地球が滅びない限り自然と目覚められよう。


……あれ、今気付いたが自動送還とかの術を付けとかないと

地球上ならまだしも宇宙に出られたら流石に感知するのは無理な気がしてきた……。

力が届かなくなったら、くらいの条件を付けて負方向へ反転させる、で良いノカ?


ん~、新しい問題ダナこれは。




……ん?


あれ?


むぅ……?




さっきから何か、チョット、吸い込まれている、ような気がする。

いや、感覚的には力を吸ってるハズなのに総量がオカシイ?


この間からの不調ノ原因はコレなのか。

巡っている力の流れが妙である。


不味い感じがスルので、作業を中断すべく統合開始。



今までコレホド能動的にミシャグジ側ガ動いたケースは無いんだが。

生体に似た相手である以上、抗体反応的なアプローチがあるのは当然ダケド。



コチラからの接触に興味を持たれた?


取リ込むのトハ異なる……私ヲ飽和させようとしている?


……アレ、意識統合が進まない。

何だか理解し難いものに阻害されている。


そうこうシテいる間も私の中に力が流れ込み続けているので、

安全弁用の回路に力を発散……ってソッチも溜まり始めてるじゃないか!



分散させた意識が中々戻らない。

不味い、致命的にマズイのではなかろうか。



根の側に尋常じゃない量が、逆流シテ、きテいる。



いやいやいや、というか考察してイル、場合ジャナイ。


クソ、信仰結晶でもあれば力業で離脱できそうなのに、手元にナイ。


植物操作で……って意識分散で操作ガ遅スギル。

周りの木じゃ認証突破デキナイ、やっぱりここからしか動けない。




分散させた意識が戻らない。




不味い、致命的に。


イヤ、まてまてマテ何カ、思考が……雑にナッテ……。

何やってる考えて無いト意識ヲ誘導できなくなるダロ考えるンだ。


早く戻ッテ、返ッテコイ。




実行。


計画。


実行。




……ダ、駄目ダ。




返ってコレナイ意識が多スギル。







実行、計画実行、

実行実行実行?


計画実行。







山犬……。



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