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  杜人閑話……山犬と少女『翠の意思』




「ちかごろ、戌介がおそくまでかえってきてくれません」




舌足らずな声で呼びかける幼子の声を、山犬は背中から聞いた。




「翠はもっといっしょにいたいのです。

 戌介はやさしいけど、そこがいじわるです」




声の主は山犬の豊かな毛並みに顔どころか身体全体をうずめた。

う~、っと溜め込んだ不満を解消できない様子で強くしがみ付いている。




先月、戌介が拾ってきた小さな雌。


山犬にとって初めはたったそれだけの存在で、特に目を掛けるほどでもなく、

群れの長である相方から暇な時に出来るだけ構ってやれと言われたので付き合うに過ぎなかった。


しかし、翠という少女は『特別』だった。


遥か彼方、大陸の西端にある異国の民との合いの子らしいが、

杜人の縁者ですら無いのに神霊をハッキリと捉えるほどに霊的感受性が高かったのだ。


突然変異によるもの、あるいは血か……。


血だとすれば捨て子同然の子に残された物にしては随分と皮肉が利いている。


その様な哀れみもあって、自然と山犬は翠を受け入れていた。

また、翠も保護者である戌介以外の人間に気後れするのか、山犬に甘えた。


鳴女達も彼女をとても可愛がりたがったが、

人の形が駄目なようで、もっぱら山犬の役割。

周辺の妖怪達はそんな戦神の姿に有り得ない物を見たと驚いていたりする。


もっとも、山犬は己の片割れの様な、ぬるま湯の甘さを嫌いではない。

元々、野生にはなかった、優しさや慈しみの持つ眩しさに惹かれ此処に居るのだから。




「山犬様、どうしたら戌介といっしょにいれますか?」




ぽつりと零れ出る寂しさ。


それを癒すべき戌介が、自力で彼女を育てようと

男の甲斐性を果たすべく奔走しているのを山犬は知っている。


この問い掛けを聞けば、何が一番大切なのかも分かるものなのに、

まったくもって『何かを背負う男』は厄介だ、と山犬は改めて思った。




『意思は世界を動かす力、それは獣も人も、神とて変わらぬ。

 その気持ちのままに、お前はお前が在りたい様に動けば良い。

 何せ杜人の男共は揃いも揃って鈍いのだ、動かねば何百年と気付かぬからな』



「んぅ、むつかしくて、翠にはわかりません」




山犬の背中から離れた翠は、

子供らしい癇癪をゆらゆら揺れる尻尾にぶつけようとして

何度も手を伸ばしたが逆に上手く捌かれ続けていた。



「えいっ、あ、ずるいです!」



次第に尻尾との格闘自体が楽しくなってきたのか、

新しい遊びが出来たとばかりに笑いながら挑みかかっている。


キャッキャと喜びに溢れた声、くるくると切り替わる表情に、山犬は安心した。


子供がこうして無邪気に戯れる姿は、実に微笑ましい。


やがて遊び疲れたのか、翠は山犬に擦り寄ってへたり込んだ。

このまま寝入ってしまうのが常である。


山犬は風邪を引かぬよう小さな身体に尻尾を絡ませながら

少女が以前、夜に恐怖で中々寝付けないと言っていたのを思い出した。

一ヶ月経ったとはいえ、まだ安心できないのだろう。

だからこうして自分の傍で寝てしまうのか。


もっと安心するべきだ。

山犬は自分がかつてないほど饒舌になっているのを感じていた。




『……森戸は好きか?』




翠は静かに頷いた。




『良く神社に遊びに来る子供がおるだろう。

 あやつらはどうだ、好きか?』




翠はまた頷いた。




『鳴女の世話焼き共は嫌いか?

 少々お節介が過ぎるとは思うが』




首を横に振る。




『戌介も好きか?』




翠は頷く。




『そうとも、分かっているだろう。

 お前にはこれだけ好きな者が居るのだ。

 そして、お前を好きでいる者も同じだけな』




眠たげな目蓋のまま、

ゆっくりと翠は頷いた。




『……さ、今はゆっくり眠れ』




寝息が聞こえてくるまでに、そう時間は掛からなかった。


子は宝。

その意味はこの安らかな寝顔にあるだろう。


山犬は翠を包むように身体を丸め、彼女が起きるまで優しく見守っていた。











後日、戌介は色々な人達からやんわりと注意を受け、

今までよりも翠に構うようになった。

夜も一緒の布団で寝て、不眠も寂しさも消え去った。




心底効いたのは、翠の涙。


少女からすれば信じた人に連れられてとはいえ、見知らぬ土地に来たのだ。

唯一繋がりを持つ自分が傍に居ないのがどれだけ辛かっただろう……と反省。




戌介は危険手当の多い坂東の実地見聞役に名乗りを上げていた。


方々へ頭を下げに行っていたのはそこに割り込ませてもらう為だったが、

また頭を下げなおして近場の編纂所勤めに納まった。




そして翠は今、鳴女達の元で勉学に励んでいる。


その動機というのが……










「山犬様、どうしたら戌介と、えっと、……その、めおとになれますか?」








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