杜人閑話……その後の教授『学生Sの小論文』
資料室で欠伸しつつ背伸びをしていた教授に、
最近忙しそうですね、と尋ねると困ったように笑った。
「あ~、もうそろそろ飽きられて良いんじゃない?
そもそも私はテレビタレントじゃないんだって。
スタジオじゃなくて遺跡か古民家の方が断然楽しいんだから」
地図騒動によって一気に有名になってしまったのだ。
俺らの教授は、いつの間にか各家庭のお茶の間で見ることが出来る人になっていた。
大学での公式発表の際、睡眠不足と疲労によってファンキーな事になっていた教授は
俺たちへ講義する時と同じ感じで……いや、それよりもノリノリで解説を始めてしまった。
しかも、最終的な結論が『分からない、だからこそ素敵だ!』というぶっちゃけたもの。
大手のテレビ局では大部分をカットされての放送だったが、
編集者の悪意か悪ノリか、最後のこの台詞だけは切られずに流されることに。
あまりにはっちゃけた発言に、ニュース番組やワイドショーのコメンテーター達は
『教授という地位にありながら頭の悪いコメントだ』と一蹴した。
……のだけれど、これが何故か一般人にうけた。
コミカルで面白い、あんな先生だと授業が楽しそう、端々の薀蓄が凄い、など
考古学や民俗学という地味で暗い印象のある学問の権威が親しみ易い性格をしていた事に
擁護する意見が携帯やネットユーザーを中心に広まっていたのだ。
更なるきっかけは動画投稿サイトで脈絡無い意味不明なアニメシーンを集めた切り張り動画。
その最後で教授が『分からない、だからこそ素敵だ!』と叫んで終わるものが上位にランクイン。
MAD教授MADと名付けられた教授シリーズが本人の知らぬ所で流行した。
そこから、
この謎の人物は誰だ→何か古い地図見つけた人らしい→○○大学の教授
と特定されて話題に。
大学側は、著しくイメージを損なった、として教授の処罰を検討していたのだが、
世間が小惑星探査機の帰還で科学技術や理系熱に沸いている時だったのもあってか
この流れに乗って教授のテレビ露出を増やし、来年の受験生を大量獲得しようと
教育意識の高まりと合わせて文系側の学問ブームの旗手に(勝手に)任命したのである。
そんなわけで教授は今、半ば命令気味にテレビ出演や各地講演会を受けさせられていた。
一番最初に投稿した『弐愚民』さんが何者か知らなかったが、
おかげで教授の罰は取り消され、注意程度に収まった。
実は俺と研究室のみんなもシリーズの支援動画を投稿してたりする。
なんとか教授の印象を良くしようと、ささやかながら頑張ってみたのだが……。
趣味のフィールドワークの時間が減ったと愚痴っているのを見ると、若干の罪悪感。
「出演料のおかげで家を増築できたのは良いんだけどね」
……訂正、ほくほく顔なのを見ると、別にどうでもよかった。
教授は昔から蒐集癖や放浪癖があったので貯金があまり無かったらしく
これでもっと旅や研究ができると喜んでいる。
そういえば教授の家はこの間テレビで見たが強烈だったのを思い出した。
一人住まいにしては結構な大きさだが、
家と言うよりも資料庫と言い換えた方が良い有様で
日本刀やクナイは勿論、様々な地方のお面や装飾品が整理され収納されていた。
生活スペースは二階の一部だけだったか。
客間のド真ん中に巨大な棚が鎮座しているのもまた……客を通せる部屋じゃない。
ずらりと並んだ大量のこけしや和人形が見守るリビングも不気味すぎる。
屋根裏に入るや否や数十枚の鬼面が鋭い視線を向けているとか……。
女性キャスターが半泣きだったのは可愛かったけども。
何処のホラー映画の舞台なんだ。
増築してかなり広くなるそうだが、
おそらく中身は対して変わらないだろう。
結婚できない理由をそこに見た気がする。
教授は民俗学の性質からオカルト関係にも詳しく、
歴史番組から心霊番組、喋りの軽快さからトーク番組までこなせる万能の人なので
きっとブームが去るまで毎週の様にテレビで教授を見れるのだろう。
「……と、それは良いけれど、何か用があるのかな。
坂本君は熱心だから私としても講義していて非常に楽しい。
正直わくわくしているよ、何を持ってきたのかね」
教授の言葉に目的を思い出した俺は、
脇に抱えていたノートや資料を机に下ろした。
自分で纏めた考察も見てもらって、教授の解釈を聞きに来たのだ。
表題を見て教授は少しだけ驚くと嬉しそうに口を歪める。
「最も新しい日本神話『杜人騒乱記』とはまた……珍しいものを。
成立は確か1620年だったかな、うん、そう最後の日本神話でもある。
まぁ、何をもって神話とするか何て定義があるわけではないけれどね」
「乱心した杜人綿津見神、孤高を守る山犬、裏切りの雉鳴女」
「君がこれをどう読み、どう解釈したのか、
しかし『神話:騒乱記の寓意と人々の関係性』とは……。
なんて私個人向けの興味深いタイトルだ、中身を期待させてもらうよ」
「あ、研究室でコーヒーでも飲んで待ってると良い。
君がこないだ持ってきた豆もまだまだあったと思うから」