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あしもと……日常に息づく強さ






山は冬を前に彩りを増し、今年も沢山の恵みを世界に振りまいた。


今年は天候も安定し、台風も程々だったおかげで実りも深い。



快晴、秋の空は高く澄んでいる。

差し迫った仕事も無いのに引篭もっていては勿体無い。


なので今日は山犬と共にそっと忍んで街を観察して回る事にした。












人々の群れには活気が満ちている。




それを見て私は思うのだ。

こんなに嬉しい事はないな、と。


どの酒蔵を覗いても住人は良い顔をしている。

この喜びに醸されて、祭りの酒も良い味になるに違いない。


私は山犬と取らぬ狸の皮算用ならぬ、飲まぬ酒の味比べを楽しんだ。




野菜や漬物、味噌などを売る行商人も多い。


大分昔に新製品開発の商業特区だった名残からか

この近辺は流れや新規事業者でも座や組に入るハードルが低いのだ。

合神祭で大規模な消費が定期的に行なわれるのも商人に取っておいしいのだろう。

新たな商売の芽になろうと開発競争も盛んで活気がある。


今年は農作物が全体的に豊作だったので尚更だ。

相場が安い内に買い込んで商品改良や開発と相成る。

それは新たな消費として需要を呼び込む。


経済活動の活発化は国の成長に欠かせないから良い傾向だろう。


恒常的に土地を祝福しているとはいえど、それはあくまで補助。

人の力があってこその豊作であり、そこに人の強さを思う。


上流階級から庶民にまで人気があり、水菓子などと洒落た呼ばれをする蜜柑も

つい百年前までは酸味とエグ味が強すぎて薬の一種だったりしたのだが、

栽培へ励んだ農民達が血と汗と涙を流した末にそう呼ばれるまで至ったのである。




港に近づくと今度はまた違った賑わいがあった。


漁業だけでなく、収穫された作物を売買する大規模な海運や貿易も興っているのだ。

川が道となっていった様に、海もまた重要な道として機能している。


木材の加工技術、造船に必要な建築技術、そして海を走る為の操船技術など

色んな人間がそれぞれに専門とする技を組み合わせなければ達成できない事業。


彼ら海に生きる人間に対して私が出来た事は精々が波を抑えてあげる程度しかない。

だから、海辺の発展を見る度に思わず何度も感心してしまう。


工房では熟達した男達が先達から受け継いだ知識と、己の経験を元に材木を削っていた。

それを自分の作業をこなしつつ食い入る様に見つめる弟子達の姿。

受け継がれていく職人の粋の心。


一人乗りの小舟から、今や大きな船を造るにまで彼らの知は育っている。


こういう部分が私のような人間上がりの霊、

つまり『終わってしまった者』の眼に眩しく映るのだ。




人間の意思が持つ力はつくづく偉大である。








「杜人様、ここに居られましたか」



物思いに耽っていると雉鳴女が私の側に降り立った。

何事かと思ったが、慌てた様子も無い。


話を聞くと、今日は仕事が殆ど空いたので暇になったのだそうだ。

気分転換を兼ねて空中遊泳していると偶然私を見つけたので降りてきたのだと。


鳴女自体が古い神霊なので、従う霊も僅かながらいる。

身内から神と信仰される者も輩出されたので近頃は配下が増えているらしい。

経験を積ませるべく部下に仕事を投げれるシステムを試行中らしく、おかげで暇が増えてきたわけだ。


私も昔から鳴女達に色々と丸投げしていたのを思い出してしまった。

こうして散歩できるのも彼女達のおかげなので苦笑いしかでない。



そういえば、と最近の鳴女事情を尋ねてみる。



鴉鳴女が寿退社というか、おめでた休職となってしばらく経つが、引継ぎ等に滞りはないらしい。

一応、特殊技能である夜間調査がどうしても必要である場合は出てくれるそうだ。

こちらとしても馬に蹴られたくはないので、そうそう呼び出すつもりはないが。


ちなみに、結構な人数の居る鳴女衆なので、

誰かと結ばれるのは過去にも二百年に一度くらいのペースであったりしている。


人間を相手にしたのは私が認知している内で二例目だが、今回も上手くいっているようで何よりだ。


神秘が血として地域に馴染む事で祝福や加護に影響が出たりと色々あるので

可能な限り円満な家庭を守って、真っ直ぐな子供を育ててくれると良い。


私は仲間の福利厚生に気をつけているつもりである。

育児休暇や補助金を出したりとケースを重ねるごとに改善してきたので事務も慣れたもの。


……あとは傷心休暇が短ければ言う事なしだが、今は考えるべきではないか。

必ず来てしまう結末から立ち直れるかは彼女次第だろうから。











街の視察自体は大体終わっていたので、

雉鳴女を連れて王樹様への参拝に行く事にした。







かつて王樹様が威容を誇ったその場所へ。


もうかれこれ千年に及ぶ日課が積み重なった場所へ。


今日も頭を垂れ、感謝を告げる。





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