あつまり……村から国へ
もう、10年になるのか……。
今年も夏がやってきた。
眩しい太陽に雨露を弾いた紫陽花が輝いているのを見て、私は一昔前を懐かしむ。
少しずつ力をつけた私の影響力は、個人範囲から初期の村程度の範囲まで存在を大きくし、
瞬間的であるが周囲を切り開く様なカマイタチや、猛烈な突風を吹かせる事も可能となった。
より土木工事を行うに十分な能力に育ってきている。
意思疎通も感情だけから簡単な思考を伝えられるに至った。
おかげで毎日が警備に工事に指導に大忙しだ。
振り返ると、街道の整備は殆ど手を付けられなかったが、
まだ安定した舟は作れないものの漁の技術指導は上手くいき、
蔓や木の皮から作った投網漁が形になりそうである。
ここからは獲る為の努力や経験を重ねていくことで農業と含め安定した食生活を送れるだろう。
10年で山から海にかけて細長い形状の村を海側を主にして発展させていった。
獣の害を減らすのと、即物的にそこそこの食料源になる漁業の目処がある程度たったからである。
が、その方向で行く事を決めた大きな要因は山にある。
偉大なる大樹、山の王、畏れ多くも名前を付けさせていただいた王樹様。
その存在が今以上の山村側の発展を躊躇わせた。
私は比較的早い段階で接触を持ち、怯えながら陳情し、王樹様への参拝道を整備した。
これは私のほか、長だけが王樹様へお目通りする事が許されているが、
途中にドングリやキノコが収集できるシイやカシの木の密生地があるため
秋には女衆をつれての採集に行きやすくなって良かった。
王樹様としては火の気配が嫌いなくらいで、人間の活動を黙認している。
木の実等を森から持ち出すのはむしろ歓迎している様でもっと持っていけと実りを深くしてくれる。
おそらく鳥や獣と同じく遠くへ森が広がるのだと思っているみたいであるが……
実際は村が豊かになるほど山の開拓が進む恐れがあり、
おそらく王樹様の怒りを買った時、私は消滅し、山の恵みは失われ、川が枯れるだろう。
私が調べた結果、王樹様の干渉できる領域は近隣の村まで及んでいたのだ。
流石は山の王である。
……これは慎重に長と話し合うべき事柄だ。
私も10年で随分と力をつけたがまだまだ赤子同然の扱いだ。
大人と子供の殺し合いなら万が一が発生しえても、
大人と赤子では可能性さえ生まれまい。
山の王樹様へは触れるべからず、と。
こうして精力的に働いたおかげか、村民は常時80名を超える村となった。
食料供給源の多様化と塩漬けと燻製による魚や肉の保存技術、
各種薬草を使った初期医療と汚物処理による伝染病予防が大きい。
豊かになり嬉しい反面、近隣の村々から妬まれ、
たびたび略奪に遭いそうになるのが新たな頭痛の種である。
私を含め、村民が一丸となって対応しているが怪我人も、死者も出る。
村々の統廃合がこの小さな戦争によって行われ、
ようやく国の概念が出来ていくと考えられる。
私が効率良く力を得るにはわざと戦争を起こしていくのが効果的ではあるが、
死者を能動的に増やすのは前世からの倫理観に基づいて許されない事だと思う。
たとえ力を得る事が未来において助けになるのだとしても、越えてはならない一線だろう。
……まったく、奪う努力よりも実らせる努力をして欲しいものだけれど、
このあたりから狩猟民族ではなく農耕民族に切り替わっていくのだろう。
さっそく、戦う力の乏しい村の長が、こちらへの臣従を申し出てきている。
集落ならまだしも、国として安定するならば農業でないと安定した食糧確保の点でまずい。
まぁ、現段階の原始農業で安定的などとはお笑い種だけども、それでもだ。
戦える私の村が安全を保障し、周囲に食糧を担保してもらう形に移行すべきか。
あまり気乗りしないが統率する為の身分制度を定めた方が良いのかもしれない。
今まであった各村の長と村人の関係を我が村と臣従した村の関係に置き換えた形に。
価値観や生活レベルの差を簡単に埋めれるほど彼等の理解力は高くは無い。
はじめは、あくまでも『そういうものだ』の暗記による文化の押し付けしかできない。
何故、それをそうして、という部分に関しては最初の世代で詰められないだろう。
教育を行う為の教育が必要になるレベルで、つまり現状では不可能なのだ。
言葉だって細かく違っているし。
最低限、臣従させた村は下の存在であり、上の存在である我が村の言う事を聞く、として
こうこう、こうやりなさいと技術を強制し、覚え込ませ、生活を安定させなければならない。
一度身内として受け入れた以上は早期に不安を取り除いてあげたい。
どこかに頼らねば村の存続が危ないと思ったからこそ彼等は私の村を頼ったのだ。
その期待には応えてやりたいし、それ以上に豊かにしてあげたい。
そこに身分を持ち込んで安定させるのは自由や平等を甘受してきた元現代人からすると
非常に抵抗がある案だが、将来的にこれ以外で村を外敵から守れそうないのが現実。
協調やコントロールの取れない自分勝手な集団では村は滅んでしまうだろう。
存在が大きくなり、楽になると思った途端に飛躍的に守る範囲が大きくなっていく。
私1人ではカバーできなくなっていく村の姿に嬉しさと寂しさを感じる。
親離れ、そして子離れの気持ちとはこういうものだろう。
それでも私はこの村の親であると自認しているし、
これからもこの村を見守り続けていこうと考えている。
どうか、私の、私達の子供が、幸せでありますように。
※王樹様は規格外の神霊。
年月を重ねるごとに森で巡る命の循環からほんの少しずつ力を分けてもらう事で霊格を得た。
彼は主人公と同じく自分の所属するもの(森)の安定を望んでいるだけです。
主人公の力がせめて五分くらいには届かないと山を完全に押さえることは不可能でしょう。