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かいめい……父と母と子供達




倭寇と呼ばれる海賊達。

武装商人や武士の私掠船だったりして対処に厄介な存在だったりする。


倭寇その物には私が対応するべき理由などないのだが、

そういう、人側の情勢不安はこちら側にも影響してくる為、

鵥鳴女のカバーをすべく各所に文や作物の苗を送ったりと少々のお節介を焼いていた。


偶然の重なりで生まれた機会をつまらない事で失うのはあまりにもったいないだろう。


季節に7日しか滞在しないものの、

地盤を安定させないわけにはいかない。

周りには彼女への好意ばかりがあるのではなく危険も多い。




雉鳴女と共に頭を悩ませる日々がいくらか続き、

暇があれば西の空を眺めていたのを、鶫鳴女に「娘の心配をする父親のようだ」と言われた。


まぁ、私も杜人という集団の大黒柱だという自覚はある。

そこからすると父親との形容もあながち間違ってはいない。

彼女達が認めてくれるなら、だが。


鳴女衆は表向きは杜人一族の下部組織となってはいるが、実質は同盟者に近い。

責任をある程度こちらが持つ代わりに協力してもらっているのが正しいところ。

もっとも、ここまで長く親密な付き合いをしてきたので家族同然だけれども……。


そういえば雉鳴女は真実、鳴女衆の母である。

血の繋がりは無くとも、彼女の優しさや思いやりはまさしく母性と呼べるもので

『失くした者達』は自然に雉鳴女をそう慕っていったのだと鶫鳴女から聞いた。

仕事中は鳴女の掟で表には出せないらしいが、雉鳴女は皆の母で鳴女は家族なのだと。



家族か……では私と彼女は……、





……ふむ、今日は春先だというのに気温が高いようだ。





独りごちる私を見て、近くに居た山犬が呆れた風に欠伸をして去っていく。

それが、どこか私を見透かしていたかのように見えて気恥ずかしい。


私は一人寂しく日課の参拝をこなした。












そんなこんなで、それとなく西を見ている間にも時代は進んでいく。

今では足利氏によって起った室町幕府が日本の政治の要となっていた。


未だに南朝と北朝で争っていたが早いところ終息して欲しいものだ。




手元の手紙に目を落す。


そこにはいつもの報告然としたものだけでなく、

京、堺、伊勢の子供達が一斉に帰郷して神社に顔を出す旨が添えられていた。




なんでも、森戸の苗字を変えてもらいたい、との事。




彼等はそれぞれの土地で商売を営んでいた。

森戸らしく、ひっそり、したたかに。


しかし、時が経つにつれて規模が大きくなりすぎてしまった。


鎌倉幕府が倒れ、室町幕府が全国の統制を担うわけだが、

領地の引継ぎや派遣が上手く行っておらず地方の規律が緩んでしまっている。


森戸分家は比較的政治統制が効いている中央へ近いが、

このままで行くと本家側に迷惑が掛かるかもしれない。


人脈や経済力の広がりを既に各地の御家人に目を付けられており

これを機にと無理矢理に取り込まれてしまいかねないのだそうだ。


最後に、森戸家の役割を果たすには不用意な伸張であった事を詫びる文言。




……これは子供達側の落ち度ではあるまい。


私が森戸分家の商業進出を進めた事は間違ってはいなかった。

子供達が経済的に豊かな生活を営めるようになったのは良いことだろう。


しかし、新天地へ向かう彼等に私の側から新たな名を授けるべきだった。

そうすれば祝福と共に、前に進み続けられたに違いない。


家名を変更する事がどれほど苦しいか。


血と古きを重んずる日本において、

それを捨て去る覚悟を決めさせてしまった。

捨てる事を己の始祖に報告する苦しみを与えてしまったのだ。




名を変えようとも私の子供達への愛は変わらない。

けれども、改名を子供達がどう受け取るのかは別だ。


私は見捨てない。

この思いをどうか受け取って欲しい。


それを理解して欲しくて、何日も掛けて、沢山の家名候補を紙に書き出していったのだ。





鳴女、山犬、森戸本家、皆の想いが込もった字を並べる。


『杜辺』(もりべ)


たとえ森戸家の役目から外れようとも、一族である証としての名。

大昔に初代森戸が神と同じ字は畏れ多いと固辞したこの文字を贈る。

その名を持つ者の側にいつも杜人は在るのだ、と。





あまり好みでは無いが父親として押し付けさせてもらう。

そもそもが私のミスであり、子供達が自責の念を感じるのは筋違いだからだ。

一方的に私が謝るべき問題で、名を受け取るに相応だろう。



……畏れ多いと言ったとて、受け取るまで父は梃子でも動かんぞ、っと。



ポツリ、口から漏れた一言は側に居た雉鳴女に拾われた。




「ふふっ、頑張ってくださいね、『お父さん』」




静かに微笑む彼女の珍しい洒落っ気に何故かしてやられたと思った私は、

とんでもない事を口にしてしまった。




「その時は『母さん』も手伝ってくださいよ」




失言とは言ってから気付くものである。

私達は星が出てくるまでの間、夕陽で真っ赤に染まる事となった。















……母親の心配をする娘も居るのですよ。


遠くから眺めていた山犬の背で、鶫鳴女がそう呟いたとかいないとか。

その、なんともまぁ、余計なお世話である。




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