げんじつ……不自由にある幸せ
突如として降って湧いた鵥の祠。
発端は九州に杜人神刀を回収しに行ったところから。
あの時は遅くても半年から一年で戻ってくると思ったのだが
最終的に手元に刀が来たのは五年後だった。
その五年は何をやっていたのか。
森戸家の蔵から当時の経過報告書を発掘し確認を取ってみる。
すると、刀の捜索自体は一年で終わっているのだが、
穏便に譲り受ける為に地元民に協力して農業指導をしていた、とある。
他にも探し物を見つけたり届け物を預かったりと様々な理由で帰還が延びている。
それなりに思い入れのある刀だったので手元に戻したかったが、
私としても別に自分の物だからと強奪する気はなかったので、
事を荒立てずに返還されるのならと逗留許可や援助許可も出した記憶はあった。
……が、実際はそれだけでは無かったそうだ。
一先ず、保留状態にして事実確認に九州へ鶫鳴女を派遣してみた。
するといくつもの武勇伝が出てきた。
本当に何をやっているんだ。
人を騙して喰っていた狐狗狸を知恵比べで打ち負かしたり、
血に狂った地狐と喧嘩して善狐へ反転させたり、
民草と協力して祟り神化した大蛇相手に山を守ったり、
他にも色々とやらかしていた。
鵥鳴女が言うには、通りすがりで起こった些細な私事で
何ら任務に影響せず報告するまでも無いだろうと記載しなかった、だそうだ。
しかし、余所様の土地で下手に大きく動くと反感を買ってしまうわけで
九州の神霊から悪い心証を持たれなかったが心配だ。
鳴女衆が杜人系の流れだというのは元寇もあった事だし地方とはいえ知られているだろう。
古参鳴女の中でも感情の波が激しい鵥鳴女。
動いたのはすべて『無知なる者から理不尽に搾取しようとする道理を弁えない神霊』に対して。
おそらく彼女の正悪観に触れた出来事で、放っておけなかったのだろうけど……。
確かに私事で収まるように自分の力だけで全部解決させているのは流石であるが
一言あったらフォローなり援助なりできたのである。
……とはいえ、さすがに大蛇退治を些細とは言えないと思うのだが。
これについて尋ねると、戦ったんじゃなくて探し物を手伝っただけだと言う。
大蛇を前に今にも自殺しそうな村人の陰鬱な気が滅入ったので、出掛けに喝を入れた程度。
杜人神刀を貸したつもりはなく、ただ依頼された神具捜索を前に荷物を預けただけのはずだった。
実際には土地神となっていた津蟹が大蛇を倒した、との事。
「どいつもこいつも、大蛇に好き勝手されようが無抵抗。
立ち向かう気も起きない負け犬の目をしてやがったから怒鳴っちゃったんすよ。
『大事なもんはねぇのか、好きな女とかいねぇのか。
そういう守るもん守んねぇでテメェらホントに生きてんのか!』って」
熱くなった鵥鳴女は荷物を押し付けて捜索に行き、
神具を発見し津蟹に大蛇の無法を伝えたに過ぎない。
刀を渡された子供がまさかそれを振るって戦うとは思ってもみなかったそうだ。
何がどう曲解されたか、
村人は鵥鳴女をありがたみ、祠を建てた。
鶫鳴女がサッと絵に書いた全体図に目を通す。
通りすがりであると言ったからなのか、大掛かりな社ではなく
来た時に少し休めるようにと小さく簡素な石積みの空間、ミニストーンサークルの様な物だった。
常在しない、あるいはもう来ないかもしれない事も村人は知っていて建てたのか……。
鶫鳴女の報告と鵥鳴女の事情聴取もこれで終わった。
悲鳴を上げる鵥鳴女を雉鳴女が連行していくのを見送り、
私と鶫鳴女は次なる九州調査団の編成に取り掛かる。
まずは周辺神霊の心証調査だろう。
次に、祠があっても良いのかを聞いておこう。
許されれば鵥鳴女に限ってではあるが九州南部からひょっとすると琉球まで手が伸ばせる可能性がある。
徐々に鳴女の信仰へと変化させたら西日本に関しては彼女達の自由が生まれると思われる。
豊受媛神はこの話が出る度に当人達は満足しているから気にする事ではないと言うが
正直、距離の制約は元が自由の象徴たる『鳥』である彼女達への負い目なのだ。
間のラインを上手く繋げれば霊力の減衰も軽減できるはず。
鵥鳴女の独断専行は褒められたものではないが、この偶然は活用すべきだ。
派遣組を決定してからも私は紙束を前に思案に暮れていた。
時折、鶫鳴女が追加で私が欲しい資料を手に部屋に入ってくるのみ。
これまで集められた九州の資料を読み返していると、
机の隣へ座った鶫鳴女と不意に目が合った。
まっすぐな瞳で私を見つめ、口を開く。
「杜人様が何を考えておられるのか……。
私には手に取るように分かっておりますが二、三言ほど申させてください。
大禍刻からずっと、
鳴女の家は此処なのです。
そして、それが幸いである事を私達は知っています。
不自由は不幸では無く、私達は十分に満足しているのです。
どうかこれをお忘れにならないよう」
……母も同じ事を言うでしょうが。
鶫鳴女は最後にそう付け加えて静かに退室していった。