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かりやど……神霊の拠り所





久方ぶりの忙しさだった、と天照大御神の来訪からを振り返る。




天照大御神の世話は勿論、大和神霊の来訪用に仮宿となる社を建てたり、

堺や京へ駐留させる人材の選定やその土地の神霊への根回しなど息つく暇もなかった。


ついでにどさくさ紛れで鳴女用の家、御社を建設しようと企んだがすぐに察知され立ち消えとなった。

前々から打診していたものの裏方である自分達へは不相応と固辞されている。

私との繋がりだけでなく、己の信仰集積地の有る無しでは安定感が違うと思うのだが、

地盤を築く事で私と同様に縛られる可能性があるという理由もあったりはするのでまたも断念。


ただ、今回のように遠地へ分社を立てるお膳立てが整うのならば

距離的な制約を擬似的に外せるとは思うのだ。


北は蝦夷地……は無理だろうけれど関東北部くらいに、

南は北九州あたりに鳴女神社を建てたならもう少し自由にさせて上げられるのだが……。

無いものねだりを言って仕方ない。


どうにかして彼女達に報いられないかなと頭を悩ます日々はまだ続きそうである。



その雉鳴女は天照逗留中の専属講師となっていた。

こちらもそれなりに忙しかったようだ。


天照は雉鳴女から様々な講習を真面目に受け、自分を磨いていた。

組織の頭として物事を判断し決断するには知識が要る。

ある種の技能である知恵と違い、才に乏しい者であろうと蓄える事は可能なのだ。


知恵を生む閃きは知識が無ければ容易くない。

土台無くして家は立たない。


これは700年の経験則。


天照は己が足りないことを自覚していた。

だからこそ愚痴の一言も漏らさずに勉学に励めたのだ。

雉鳴女の指導が良かったのもあるかも知れない。



それに比べて私から天照に何かしてやれた事は少なかったが

大切なものを見つけてもらえたとは思う。



私は天照と海を巡り、野を巡り、山を巡った。



そこには人が当たり前のように日常を生きている。

しかし、どこであろうと生きていく事は戦いと同じ。


発生する問題に人間の知恵が立ち向かった結果が村や町なのだ。

ただの風景と思うか、偉大な手本と取るかは彼女次第。


知識を持って物事の因果を知れば行なわずして成否は分かる。

また、失敗が予想されたとしても、それを元に成功への道も見える。

そうした積み重ねが人々の集まりだから。



考える事の大切さを、子供達を通して感じてもらえてはいるだろう。



伊勢へ帰った彼女はその足で東国へ行き、知恵の神を訪ねたそうだ。

八意思兼神(ヤゴコロオモイカネノカミ)と言えば私も名を知っているメジャーな神である。

雉鳴女曰く「中央が面倒になったから隠居した物臭、しかし智慧は本物」だとか。


大和創成期を支えた賢者だったそうな。


こういう人材が色んな所で腐っているのを何とかする為に天照は率先して走り始めたが

また行動力が空回ったり変な方向へ流されないか他人事ながら心配である。


あと、仮宿があるのを良いことに相談事を持ち掛けへ杜人の地までお忍びになる。

別に構わないのだが、出来れば外様の私でなくそれこそ思兼神のように譜代の者を重用してほしい。


表に出過ぎないよう公的に記録を残さぬようにしているのに、この空白が逆に目立つ。

曰く「外からの視点は大事」だそうであるが、良からぬ種にならないか不安だ。
















そんなこんなの最中、ついに鎌倉幕府が滅んだ。




初の防衛戦争で財政が悪化し碌な報酬を出せなかったのが武士の不満を爆発させたようだ。

朝廷も武家政治から再び貴族政治に戻すためにそれを煽ったのもある。


何にせよ諸行無常と繰り返される。


俗に言われた建武の新政であるが、倒幕に一役買った武士を軽んじ公家に重きを置いたので

押さえつけられた武士が反発し京の都を占領……朝廷内のごたごた相まって南朝と北朝に分断。


なんというか、簡単に言えば人死にがボロボロ出るほどに天皇の後継争いが過激化しているのである。


そっちは良いのかと天照に聞くと「兄弟喧嘩は手を出すものでないでしょう?」とのこと。

これを聞いて私は天照大御神を計り損ねていたのに気付いた。



天照大御神の至上目標はあくまでも最大権威『天皇』の恒久的な相続なのだ。



次点で大和神霊の維持であるが、これは天皇家に何かあった時のための戦力や地盤でしかないのか。

これまで朝廷内で起こった後継争いと南北朝の対立は彼女にとって同じようなもの。


祖霊を敬ってきた日本において、

最も古く、最も尊いとされてきた血族は既に十分すぎる権威になっている。


それを滅ぼしたとあれば経緯がどうあれ『悪』とされるに足る理由になってしまう。

成り代わり権力を振るうに当たって誰も付いてこなくなるのだ。

つまりは完全な外的要因、海外勢力の侵攻以外にそうそう『天皇』は滅びないのである。


手を出すとしたら互いが完全に滅びそうである場合だけ、となるのだろう。


だからこそ、これまでの骨肉争う権力闘争を半ば放置気味に見ていたのか。

年月が育てたであろう、あどけない少女のような神の意外とドライな一面を持って。


その手の長さをもって、内外に区切りを付けている。


優しいだけ、甘いだけでなく、歪だけれど割り切りもできていた事に関心すると同時に

私も身内以外には、つまり目標以外にはドライだよなぁと妙なシンパシーを覚えた。


まぁ、あちらから何も言ってこない以上、南北朝には関与しない。





神霊側でも天照やその使いに相談を受ける程度であるし、最近は緩いものだ。


雉鳴女が持ってくる報告も少ない。

のんびりとできる幸せを感じながら目を通していく。





堺、京、伊勢での森戸家は味噌や漬物の生産などで徐々に馴染んでいると報告書にある。

他にも薬を作ったり、草鞋を改良したりと浅く広くでやっているらしい。

座や組といった商業ネットワークに目を付けられない程度で雌伏の時だそうだ。

無理はせずにほどほどでやってほしい。


……ふむ、先週の大雨被害は軽いものだったのか。

野次馬していて川に流された若者が一人居たが妖怪が拾って助けたとか。

代償に男の身ぐるみは全部剥がされたそうだが良い教訓になったんじゃないかな。


天照大御神の通り道で沼が乾くと地霊からの苦情……。

道の整備と、どこを通るのか参道を指定させてもらおうか。


あとは……。





そうしてスムーズに今日の仕事を終え、山犬と散歩に出ようとした矢先だ。





何やら緊張した面持ちで鵥鳴女(カケスノナキメ)が声を掛けてきた。







「杜人様すいません、散歩前で悪いんですけど、かなり大事になっちまいまして。

 九州の、刀取りに行ったとこに、その、あたしの祠が建っちまってるみたいなんです。


 や、独立とか、そんな気は全然ないですよ。

 ……って、ちょっ、山犬様なんで唸ってんすか!?


 あたしだって何でこうなったか身に憶えが……アレ、ある?


 ……け、けど違うんですホントにっ!

 っていうか先月に鳰達の墓参り行って初めて知ったんで、

 あたしも怖気づいてるんですが……これ、どうしましょう?」










どうしましょう、って。


どうしよう。



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