杜人閑話……とある地方伝承『津蟹』
三池の山には大蛇が封じられている。
遥かな昔、大蛇は辺り一帯を喰い荒らし民を脅かしていた。
山を統べる神に成り上がるべく畏れを信仰とし
牛馬を飲み込むほどの巨大さで暴虐の限りを尽くしていたと。
しかし、大蛇の野望は潰える事となる。
ある時どこからか玉姫と呼ばれる美姫の噂を耳にした大蛇は姫を襲ったが
助けに入った津蟹(沢蟹)によってその身を三つに裂かれて三つの血溜まりと化したのだ。
血溜まりは僧によって清められ池になり、大蛇は荒魂を鎮められた。
そして津蟹は片目を鋏で切り落とし、蘇らぬよう社からその眼で池を見張っている。
『三池』とはその池を表すと共に、封を忘れぬよう付けられた名前だ。
とはいえ、時が移ろうにつれ人の記憶は薄れてゆくもの。
守りを任ぜられた三池宮の者だけが書物の上で大蛇を記すのみ。
その上、姿も影も見せぬ大蛇の魂に、
もはや終わったものだと三池宮の者も思っていた。
だが、宮司が何代か代変わりした頃、水底で脈動を始める事になる。
山の神と成りかけた人喰い大蛇を封じた実績があるとなれば、
蒙古が押し寄せてきた折、当然の如く大陸の悪鬼怨霊に抗する為に三池宮にも声が掛かるもの。
宮司は博多を守りに行くその時に神具の『津蟹の眼石』を社から持ち出してしまったのだ。
そして、運の悪い事に宮司は蒙古軍に殺され、戦場に消えてしまう。
ついに大蛇を抑えていた眼石は失われた。
清められた池の底に、それでもなお血塊として存在していた大蛇の欠片は存在を増し
三つの池は三つの血溜まりへと姿を変え、かつて討たれた古代へと時を巻き戻す。
これに焦った三池宮の者は津蟹の名を呼ぶも応えはない。
津蟹は過去の戦いで重傷を負っており回復の為に深い眠りについていたのだ。
危機が訪れた時に起きる事ができるよう、それを感知するために眼を残したのである。
眼が何処に消えたか分からない今、津蟹を呼ぶ術が無い。
大蛇は血の赤にぬめる鎌首をもたげ完全に姿を取り戻した。
血の池は瘴気を発し、麓の村へ病を広げ始める。
もはやこれまでかと皆が諦めた時、
一振りの太刀を手に天から洩加計須神が降り立ち全員に告げた。
我は土地神でなく神刀を主へ届けんとする者なれど、
この悪を見逃すは許されざる悪と同じく。
汝らの内に一心の曇りなく守る為に立つ者在れば
我が前に歩を進めよ。然らば守護の一太刀を貸し与えん。
誰もが大蛇の異形に尻込みする中、唯一踏み出したのは少年だった。
私に母を守らせ給え。
そう言った少年に洩加計須神は太刀を渡すと天に消えた。
少年が一振りすると村を覆う瘴気が風に吹き飛ばされていく。
これに怒った大蛇は少年を丸呑みにしてやろうと襲い掛かるものの
刀が巻き起こす風に逸らされて喰い付く事ができない。
毒液を牙から吐きかけても同じように防がれてしまう。
少年は必死に大蛇の猛攻を凌ぎ、山を、村を、母を守っていた。
しかし大蛇も賢しいもので、戦いを長引かせてきたのだ。
刀を握ると力が沸いてきて風の様に動けたが
一昼夜も戦い続けては疲れも溜まりついには動けなくなる。
決着がついてしまった。
倒れてなお諦めぬと力無く切っ先を向ける満身創痍の少年へ
無慈悲に大蛇が噛み付こうしたその時……。
津蟹が現われて巨大な鋏で大蛇を三つに引き裂いた。
古の昔、そうあった様に、再び大蛇はその身を三つに分けられたのだ。
来ないはずの津蟹が何故この場に現われたのか。
山に居た全ての鳥達に命じて洩加計須神が『津蟹の眼石』を一昼夜かけて探し出していたのだ。
少年が守り抜いて生まれたその時間は、確かに村を守ったのである。
天晴れ。
少年から刀を返された洩加計須神は、少年の真っ直ぐな勇気を褒めてそう言った。
そして、津蟹と共に大蛇を三つの池に封じ直すと天に帰っていったという。
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「貴重な資料をありがとうございます、牟田さん」
「やいや、藤井君の熱心さにゃ勝てんて」
「玉姫までの津蟹伝説は知っていたのですけど、
続きがあるとは知りませんでした。
しかも、私の欲しいものが出てくるとは思ってもみなかった」
「ま、洩加計須神と刀は十中八九そげんやろうけん、
連絡してみたっちゃけど、そっから掘るとがあたんの仕事やろ、頑張りや」
「仕事じゃなくて趣味も含みますけどね。
……っと、もうこんな時間か、ご飯どうします?」
「んじゃ、せっか来たんば、ラーメン食いげ行こうでて。
向こさ違うちょるけん、楽しみにしぃよ」
「良いですねぇ、良い店を教えてくださいよ」
「誰に言うとる思っとっとや」
「えぇ、期待してます」
「任せんしゃい」
※三池宮関係者の方について少々失礼な内容となりました。
神具等、大部分がフィクションです。実際の伝説とは異なります。
※神様の名前は当て字も多い。読みが違う事もザラ。
※刀の回収は上手くいったようです。伝説を創りながら。
……というか何をやってるんだ回収班。