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らいほう……百年後の勝ち戦へ




伊勢へ報告に行った雉鳴女が帰ってきて一日。

日ノ本を支える天照大御神は何を考えているのだろうか。



……というか、之は喧嘩を売られていると解釈していいのか?




『憎しみあらば討て、私は其を許そう。

 されど日は天空に在るが理、易く非じば』




任務を受け、人を出し、避け得ぬ犠牲があった。

それでも完遂して報告をすると宣戦布告?


森戸の死は、我が子の不幸は、確かな教訓も残したはずだ。

それを何ら汲み取ろうとせずに憎いなら気を晴らせと戦いを持ってくる。

まぁ、労いの一言が無かった事に雉鳴女が過激な反応をしてしまったのも原因であろうが。


悪意で捉えれば役目の無くなった杜人および森戸の消去。

善意だとすれば罪滅ぼしに怒りの矛先となろうというものか。


妙に冷たく事務的な言い様は雉鳴女から伝え聞いていた性格と食い違う。

その辺りから想像するに偽悪的な振る舞いだと思われ、後者の可能性が高いが……。




……それは違うだろう天照!




哀しみや怒りがまったく無いとは言わないが、見るべきが違う。


問題の本質は『組織力の低下』であり朝廷の存在感が危ういのだ。

名目上朝廷の臣下である幕府や対等であるべき仏教各派を抑えきれぬほど。


森戸は天皇家によってその地位を保っている。

つまりは朝廷に大事があればそれは返ってくるわけである。

このような戦いなぞ必要なく、他にやるべきはあるだろうに。


そもそも何故、大和ではなく私を指名したのかを考えたら判る事だ。

初めは杜人の戦力を測る為かとも思っていたが、九州の現状を見ておおよそ目星は付く。


人と人の結びつきからくる仏教と比べ、徐々に神と人の結束が綻びを見せているのだ。

大和神霊はこちらが思っている以上に問題を抱えている、それも軽くは無いものを。

先の天皇から貰った手紙を見てもそうだろう、そこを忘れてはいけない。


目の前の悲劇に心を砕くのは構わない、慈母と称される優しさは美徳だ。



しかし、何も見えていない。



感情だけでは政治なぞ出来ない。


私が怒りに身を震わせるのは、

このままでは我が子が無駄死にと終わってしまうから。


私は裏に、天照は表に立つ事を決めた神。

お互いに道理の判らぬ幼子ではあるまい。


重ねてきた歳月が無為だとでも言う気なら、

私はそれこそふざけるなと怒鳴り散らすだろう。


偉そうに言える口ではないが、同じ背負う者として見ていられない。










……が、実に頭が痛いことに攻めてくる、と。



こっちが動けない、にも関わらずそう言ってきたならそういう事。

読みが合っていれば積極的交戦の意思は無いであろうが保証があるわけでなし、

だいたい最高位の神威が吹き荒れて無事で済む土地なんて無いわけで……。



戦闘区域の設定や避難誘導のマニュアル作成に大忙しだ。



古巣の主である天照に何か思う所があったのか雉鳴女は上の空。

代わりに鶫鳴女に陣頭指揮を取ってもらって諸々の雑事をこなしてもらっている。


私は山犬と共に山を歩いて戦場の選定とその土地の地霊、縄張りにしていた妖怪に連絡。

熊や鹿といった動物達にも戦の匂いが近づいてきたら退散するように言いつける。

中には協力を申し出た者達もいた(人妖の区別無く)が全て断っている。


これは私宛の宣戦布告であるし、もし全力で来られれば勝ち目も無い。

無い……のだが、山犬に関しては頑として共に戦うと言って聞かないので諦めた。


私の手足、とは失礼に当たるか。

もう半身と喩えて過言ではないだろう。

そんな相棒を除け者にはできないものな。


森戸家に関しては祭神が代わる可能性がある事を話し、

山犬が生き残っていたならば山犬を杜人綿津見神と据えるよう、

両方ともに消滅した場合は雉鳴女を頭にし一先ず降参、納得が行くならば中央の裁定に従うように、

そうでなければ鳴女の自由意志に任せるように命令しておいた。


もしもを考えると当然の処置なのだけれども、これには皆が驚いていた。


それと、手出しを禁じておく。

人間では逆立ちしたって敵う相手でもないからだ。

たとえ杜人神刀を手にしていたとしても遥か格上の神秘を相手に人の身体が保つまい。


神刀は私が欲しいけれど。


力を通しやすい神器があれば少しは楽になりそうだが、

森戸家に貸与した神刀は現在九州で紛失中だから手元に無い。


普通の人間が持っていても不思議な何かを感じられる程の加護を込めてあるので

折れたりしていなければ何処かの寺社に回収されてはいると思うのだが……今回は使えない。

戦争の後始末が終わったので鳴女にお願いしたばかりなのだ。

回収は早くて二ヶ月後だろうが、おそらく後の祭りだろう。




モリトの頃から負け戦しかしてないなぁ、と山犬に零したら、

いつも百年後に勝つ戦をしているだろう、と素っ気なく答えられた。




山犬はあまり喋らない。

基本的に行動で全てを語る奴である。


これは、励まされているのか。


背中に飛び乗って毛皮に抱きつく。

そういう偶に見せる優しさがどれほど私を勇気付けてくれると思っているのか。



そうだな、百年後の子供達が笑っていれば私達の勝ちだ。

私達はいつだって、今この時でさえ、百年後の勝利に動いているのだ。



日頃の感謝も込めて入念に毛繕いをしてあげると気持ち良さそうに声を漏らした。








私は山犬の背で仰向けに空を眺めながら思考を加速させる。


もし本気で天照大御神と戦う事態になったら最も重要になるのは『方角』だろう。


日光の権現ともあれば昼であるだけで絶対的なアドバンテージだ。

本人プラス外付けの信仰供給源が顕れることになるし、

こちらが多少曇らせようとも強引に雲を散らすだけのパワーがある。

散らした分の力はその後で十二分に補給できるので消耗ですらない。


太陽信仰は伊達じゃないのだ。


農民も漁民も、武士も貴族も、お天道様を拝まない者はいない。

今は冬であるが、それ故に生命満ち溢れる春の暖かさを皆が望んでいる。

信仰量で一番勝機が見出せそうなのは秋、そこから信仰は膨らみ、秋で一巡すると思われる。


昼間が短いのは助かるが開戦は確実に日の出すぐになるだろうし焼け石に水。

となれば可能な抵抗は太陽を背負わせない事。


北西にずっと押し付ける形で戦場を構築できれば瞬殺は免れそうであるが、

東から来る相手をどうやって逆側に追いやれば良いのか。


誘導の為に河川や渓谷を動かしたりするのは被害が大きすぎて実行できないしなぁ……






そんな事を考えていると、山どころか領地中に大声が響き渡った。



まさか、早すぎやしないか。






『我が名は豊受媛神(トヨウケビメノカミ)也ッ!


 天照大御神、御身優れず其の名代として参った次第だ。


 この声届いたならば我を杜人綿津見神の元へ導き給え!』






この声は豊受媛神で間違いないだろう。

以前、土地を肥やし実りを多くするにはと言葉を交えた事がある。


偉大なる豊穣の神、豊受媛神。

彼女は天照大御神を祀る伊勢神宮の外宮に祀られた神。


平常の砕けた口調とは打って変わり硬い言葉遣いだが殺気も敵意も感じず、

どうにも戦の空気ではないようである、どういった用件なのか。


もしかして決闘のように日取りを決めてから等の連絡に来たのだろうか?





鶫鳴女に報を飛ばして丁重に杜人神社に迎えるよう指示し、

私自身も山犬に乗って本殿へと急いだ。





そうして半刻後、私が境内に降り立った時、

すでに到着していたのか豊受媛神から声が掛けられた。





「やぁやぁ、急で悪いが久しぶりだな、杜人の。

 アンタの前で飾るのは無粋ってもんだ、口を崩させてもらうよ。


 さっきも言ったが、あの子の代わりに此処に来た。


 見ての通り、何一つ持っちゃいない、この身一つで来たわけだ。

 アタシを煮るなり焼くなり好きにしちまって良い。

 それこそ夜伽だろうが首切りだろうが何だって構いやしない。


 戦いも、抵抗もしない、その代わりアタシの話をちょっと聞け」






豊受媛神は鳥居の前で胡坐をかき

強い決意と覚悟を宿した鋭い眼光で私を射抜いていた。





……全裸で。







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