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  杜人閑話……十三世紀九州『継がれてゆく足跡』




今津は小さな村だ。

半農半漁で成り立っている、小さな村だ。


東から来たという彼らは皆立派な着物を着ていて、

それが寂れた村には不釣合いに思える。


聞けば、帝の命により九州の守りに来たらしい。

私達は『モリト』と名乗る彼らを訝しがった。


そうなら大宰府や博多といった大きい町へ詰めるべきではないのだろうか。

辺鄙な村に何がある、帝を騙った山賊の類ではないのか、と。




彼らは言った。




「小屋を建てる程度の自由以外に、求めるものはありません」




懐から書状を出すと、確かにそこには御家人と守護の印があり

彼らの身分を証明するものだった。


『森戸』とは神職の家系なのか。


文面をよくよく読むと大宰府から厄介払いされたようにも取れる。

見た目礼儀正しく見えるが、それでも私を含めた村人は信用しきれない。

なので監視できるよう、それでいて村の安全を確保できる場所……

村から少し外れた窪地へ案内した。











一月が経つ。


森戸の者は本当に小さな社を建てただけで、村に何かを要求することはない。


それどころか農作業を手伝ったり、漁網を繕ったりと役に立つ。

金銭を取るでもなく、食事を強請るでもなく、何を目的にしているのか。


尋ねると、


「この村の祖霊と約束したのです。

 土地を借りた代わりに子供達をよろしくと」


祖霊、先祖の霊が村を見守ってくれていたらしい。

この村で毒を持つ虫が出ないのはそのおかげだそうな。


彼らが神職だからなのか村の霊にも敬意を持って対し、土地の対価を労働で払おうとしている。


こんなご時世に義理堅いものだ。


話を聞くと彼らはもっと大勢居て、

散り散りに九州の守りとやらに就かされたらしい。

他の村でも同じようにやっているそうだ。


大変だな、と私が零すと


それが森戸の役目だから、と胸を張る姿が眩しかった。











半年が経った。


彼らは既に村に受け入れられている。

一ヶ月前の流行り病が大きな切欠だろう。


村中で嘔吐や腹を下す者が大量に出た。

山向こうの村でも同じような病で沢山亡くなったらしい。


私の娘も苦しんだ。


もはや藁にも縋る思いで森戸を村へ呼びつけ、

神様でも仏様でも良い、娘を助けてくれと私は実にみっともなく叫んだのを憶えている。


症状を聞くと彼らは『せえりしょくえん』なる水を大量に持ち込み、村人に飲ませていった。


なんでも吐いたりした事で失った気質を補うものだとかで

根本的な治療ではないが、悪化するのを防ぐのだという。


他にも近くの山で取れるらしい痛み止めや解熱の薬草など、

彼らの優れた医の心得で娘の命は助かったのだ。


こうまでされるとお礼をしないのは心苦しい。

野菜や干物を出せるだけ持って行ったのだが謙虚に断られる。


曰く、


「礼を求めたわけではありません、……が受け取らないのもまた失礼ですね」


そういって一本の瓜を手に去っていったのだ。


ここまでされても彼らを邪険に扱おうものなら人じゃない。

私達はただの農民で、ただの漁師で、武士でもなんでもないが

この恩に報いないのはあまりに恥知らずに思えた。


村は一つの家族なのだ。

彼らも、許してくれるなら我々と家族になってほしい。


……娘も薬を飲ませてくれた若い男を好いているようだしな。











三年が経った。


『森戸さん』と言えばこの村に欠かせぬ家になっている。


今では村長の私と同じような扱いだ。

少々悔しい気もするが彼らの功績は素直に認めるしかない。


農業指導、新しい漁の方法、薬草、建築に至るまで

森戸が修めている技術は村の暮らしを良くしてくれている。

近くの村でも話に上がるらしい。


それでいて自分達が余所者だという自覚もちゃんとあるのだ。

変にでしゃばって私の面子を潰す事の無いよう動く。


最近は、そのせいで私が村の中で悪者になってしまっている。

彼らを良い様に扱き使っているなど濡れ衣なんだ信じてほしい。

私にそんな意図はまったくないのだ。


証拠に、彼ら用の田畑や住居を提供したではないか。

森戸家に離れられて一番困るのは村長の私だぞ?


そして、村の女衆に良く急かされる。


「アンタんとこの娘さん、はよ森戸に嫁がせなぁ」


正式に身内に組み込んでしまえば変な気兼ねもなくなるのだから。


当然、私も森戸に打診はしている。

けれど戦が終わるまで待って欲しいと濁されているのを理解してほしい。


彼らが言うに、海の向こう朝鮮を属国にした元という国が日本を狙っているらしく

数年内に博多近辺が戦場になる可能性が高いそうだ。


まったくそんな噂を聞かないので嘘かとも思ったが

全員の真剣な瞳からそれが真実だろうなと感じているのだ。


今夜も寄合所でこの議題が出ると思うと、気が重い。


いっそ先に娘が子を成してくれれば有耶無耶の内に婚姻できるか。

無事に恋仲にはなれたようだから、早く孫の顔が見たいものだ。


さっさと戦なんて終わってしまえば良い。


森戸の皆さんはきっとこの村に残ってくれるだろう。

もしかしたら故郷へ帰るかもしれないが村中で引き止めれば断るまい。

あの優しさや義理は今時もったいないほどだ。


弱みに付け込むようだが、娘の幸せを願って何が悪い。


明日は朝から森戸の家にお邪魔させてもらおう。

色々と話をしておくのは大事だからな。

















それからしばらくして、戦が始まった……。



















全てが終わった今、森戸はこの村に無い。


娘の腕で眠りこける孫のあどけない表情に私は切なさを覚えた。







「お前の父ちゃんはな、村を守り抜いたんだ。

 矢も槍も、蒙古の化け物さえ相手取ってそれでも負けなかった。


 なぁ、守人(もりと)よ、はよう大きくなれ。


 お寺さんも神社さんも森戸を知らんと言いよる。

 知らんはずがあるか、お前は森戸の子で、お前は森戸の足跡だ。

 あの気の良い連中が此処に居た証拠だ


 継いでいくぞ、お前の子、お前の孫の、その先も。

 森戸が此処に居た事を皆が忘れたって、ずっとな」










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