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たびだち……我が子へ祈りを











八方塞がりな状況に名乗りを上げたのは、私の子供達だった。




「森戸一族から戦働きのできる者、神威を扱える者を選びました」




日も昇らぬ早朝、雉鳴女から呼び出されたと思うと

涼しげな風に気の張り詰めた境内に並ぶ20人の男女。

彼等は一様に旅支度を整え、私の前に立っていた。


雉鳴女の表情は堅い。


何事かと問おうとした私へ口々にその思いをぶつけてくる。





「杜人綿津見神様は常から人の戦は人が、神の戦は神が行なうと仰っておられる」



「しかし、天皇勅命を守りたくともこの地を離れられぬというのであらば」



「今こそ我々が立ち上がりこれまで貴方様に頂いた恩に応えるべし」



「お家の一大事を神だけに任せて座すほどの不義理はございません」



「私共は男も女も、皆覚悟してこの場におるのです」





驚きで口を開けたままの私は見た。


雉鳴女がスッと地に伏せ深く頭を垂れるのを。

合わせて森戸家一同も土下座する。


これは彼女の差し金なのか。



確かに人間である彼等なら距離の制約を受けない。

そして杜人、綿津見神社に仕える神職者達であるため天照大御神が指名した私の代行者となれる。

無論、振るえる力は全員を合わせて山犬に及ばないだろうが……。


人的資源を出すまでしたとなれば神道派でない朝廷の人間も悪くは思うまい。


詳細を雉鳴女に聞くと鳴女衆の精鋭も情報収集や逃走補助についていくとの事で、

鳴女が事前に相手方の情報を得られれば対策の立てようもあるし神々の援軍を早く呼べる。

策を弄して初撃の衝力をいなす事だって可能となるだろう。


まず生き残る事を重点に学ぶ鳴女教育を受けた彼等なら、

神霊相手に足止め程度は出来る見込みがあるそうだ。




なるほど妙手ではある。

……妙手であるのだがそれは彼等の犠牲を孕む。


しかし、他に打てる手もない。


雉鳴女を糾弾するなぞ以ての外。

彼女は私達が取り得る最大益の策を考えたのだ。

代替案を出さずして却下する事はできない。


答えの出せぬ私の代わりに、優しさを押し殺して動いてくれたのだから。






私は子供達を戦わせずすむように森戸家を特別なものとしたかったのに。


世はままならない。






私は全員を立ち上がらせた。






山犬の遠吠えで、私に連なる全ての神霊、祖霊、精霊を集合させる。

あちらこちらから私の呼びかけに応えた者が顔を出す。


私に、私達にできるのは彼等の安全祈願くらいだ。


そこまで広くは無い境内が神秘に満ちる。

故郷を離れる子供たちを祝福しようと霊が列を成す。

境内どころかぐるり神社を巻き、参道に至るまで。


私は光景を目に納め、背を向け歩き出す。






一人本堂の奥へ進み、祀られていた物を手に取った。






白木鞘からスラリ抜き放たれた白鋼は冷たい光を返す。

それは杜人神刀と銘打たれたシンプルな造りの日本刀。




願わくば、私に代わり我が子らを守り給え。




ありったけの霊力を守護の力に変えて刀身に流し込む。






矢、槍、剣から、守れ。

火炎、稲妻、荒波から、守れ。

悪意から、狂気から、絶望から、守れ。


守る為に在れ。








鞘に納めて振り返り、社から境内を見下ろした。


人妖の区別無く私の前に平伏している。

皆、私の言葉を待っているのだ。




「生きろ、そして死ぬな」




森戸家遠征の頭、杜人神社神主、森戸戌彦(イヌヒコ)に刀を託した。














私は九州へ旅立つ彼らを見送った。



鳴女は雉鳴女をリーダーとした遠征第一組と鶫鳴女をリーダーとした第二組が

消耗を避けるのと各種補給のために半年交替で九州に勤める形となる。


杜人神社は残された森戸本家から神主を、

綿津見神社は分家方から神主を立てて委細変わりなく治めているが

三軒増えた空き家と畑の管理もあるので忙しそうである。


表向きは変わらぬものの、人の気配がたしかに減った神社が寂しく映った。

本堂奥、納められていた物の消えた台座を眺めて無事を思う。











こんな風にずっと祈っていたいがそういうわけにもいかなかった。


問題は日夜発生するものなのだ。

鶫鳴女が持ってきた書類に目を通す日々は続く。


昨今の政情不安に付け込んで日蓮宗が民衆を煽っているらしい。







やれやれ、だ。





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