おもいで……犬も喰わぬと言ったもの
あの別れの日からどれだけ時間が経っただろう。
私達は互いに己を責め、相手に深い傷を与えたと
互いに自ら作り出した罪に悩んでいた。
私は良き仕事仲間である彼女の願い、信頼を裏切った事、
そして多くの苦難を生んだだろう行方知れずとなる原因を作った事を。
彼女は私の(ありもせぬ)高潔さを利用しようとし、信頼を裏切った狡さを。
御左口様が引き起こした惨禍が私の土地をも巻き込んだ事を。
彼女からすれば私の罪は的外れらしい。
断った理由は当然のものであり、
民を守る神が余所者の神霊の為に民を危険にさらすものではない。
苦難云々は己の行動から出たもので、自分で責任を持つものだ、と。
私からすると彼女の罪も的外れだろう。
私自身がそこまで立派な存在ではないし、断りには自己保身もあったのだ。
御左口様の大禍刻は誰にも予想できない天災のようなもの。
あくまで神道派の伝令であった彼女自身に責任は無い。
謝罪合戦は一日続き、
さらに相手の弁護合戦が一日続き、
それからまた自分に非があると喧嘩に似た譲り合いが一日続いた。
私が馬鹿だったんです。
「いいえ、そこは譲りません」
まったく強情な。
「貴方には負けますよ」
ああ、貴女は馬鹿だ。
「ええ、そうでしょうとも」
それでも最後には、ゆっくりと戸が開いて……。
告解の日から幾らか月日が経って。
私は杜人神社の縁側に腰掛け、冬支度を始めた森を山犬と眺めていた。
領内に不思議と浮ついた空気が漂っている。
そういえば今年は合神の祭りがあるな。
鳴女達が揃いも揃ってうわの空だったのはそのせいだろう。
報告書の誤字脱字など彼女達にしては珍しいミスも微笑ましく思える。
そんなにも祭りを楽しみにしてくれているのだ。
「報告です」
スッと背後に現れた気配に、乗せられていた気持ちも落ち着く。
変わらないのは雉鳴女だけか。
あの頃のように、透き通る声で告げる。
幕府、朝廷共に大陸で何やら不穏な動きを察知したらしい。
一体何であろうかと頭を巡らせる。
平氏が貿易していた宋はすでにモンゴル帝国に呑み込まれ
現在の大陸の覇者の名は『元』となっていた。
ならば次に起こるのはおそらく、元の日本侵攻、元寇の始まりか。
元はもっぱら西方に対して注意を向けているため本腰を入れてくるわけではないが
九州防衛は楽な戦いではなかったはずだ。
とはいえ私はここから動けぬし、
鳴女も先の事件を思うとあまり動かしたくはない。
静観だろう。
報告ありがとうと声を掛けると雉鳴女は会釈をし、
すぐさま立ち去ろうとする。
何か寂しいものを感じたので、良ければこのまま一緒に山を眺めないかと誘ってみた。
再会の日、雉鳴女は正式に鳴女の長に返り咲き、
鶫鳴女と交代する形で私の秘書係に収まった。
とは言うものの、常に何処かへ飛び回っており日に一、二度ほど顔を合わす程度である。
今では人間に殆ど任せていいから諜報係以外はそこまで仕事が無いはずなので
彼女があちこち足を運ぶ必要もなく、むしろ本拠で情報整理に居座っていて良いのだ。
働くのが好きなのは昔から知っていたが無理はして欲しくない。
雉鳴女が此処に帰ってきてからあまり話してもいなかった。
ちょっと休憩がてら私の話し相手になってもらおう。
懐かしい話をして昔を偲ぶのも良いだろう。
雉鳴女は困惑の表情でこちらを見つめている。
いつまで経っても動いてくれないので、ほら、隣に、と半ば強制的に座らせた。
あの頃に帰ったようで懐かしい。
私と山犬と雉鳴女、三人しかいなかった杜人神社。
今では神主や巫女に鳴女の面々と賑やかになったが原点はココなのだ。
山犬が私達に擦り寄ってじゃれつき、つられて雉鳴女の鉄面皮が緩む。
嬉しくなった私が声を上げて笑うと
雉鳴女は顔を赤く染めて、はにかんだ笑みを向けた。
今年の祭りは楽しみだ、なんてことを語り合いながら。
大きな問題になるだろう元寇の事も忘れて、ゆるやかに夜が流れていく。
※今年の合神祭には鳴女たちの協力の下で神輿に雉の彫刻が施されたとか。
それを見て赤面し感涙する雉については、また別のお話。




