いちねん……春に実らせ
そろそろ、私が死んで1年が経とうとしている。
正確な日付は正直な所数えていないのだが、花咲き乱れる季節の到来は毎年変わらない。
幽霊となってから実に様々な事があったなと、しみじみと振り返る
……と、同時に春はこれから1年の食生活を豊かにする為の大事なステップ。
ここでサボると秋に、そして冬に村が滅びかねないので気を引き締める。
稗だか粟だか良く分からないが穀物の植え付けもそろそろ始まる。
遥か未来のように整然と並べるのではなく種をばら撒いて育てるのだがそれでも立派な農業だ。
実をつける瓜に似た植物もこの時期から栽培を始める。
正直かなり不味いのだが食えるのなら育てるべきなのだ。
早くトマトやキュウリがこの地域まで伝播して欲しいと元現代人として思う。
不可能なのは理解しているが……。
ごぼうっぽい野菜もあるにはあるのだが、あれは本当に木の根っこに近い。
というか、今はまだ野菜と草木の区別も碌にないので、食べ応えがあるというだけで
栽培するかどうかが決まっていたりする。あとは腹持ちや日持ちの問題。
木の根っこでも塩水につけたりなんだかんだで味をつければ食えなくないのだ。
大豆もどきがあるのは助かっている。
栄養価も高く、乾燥させればかなり日持ちし、それなりに収穫量もある。
これらを畑でローテーションさせ、土が枯れないようしてきた。
農業知識どころか語彙も揃っていない(日本語が成立していない?)ので
村人に理解させるのは厳しく、毎年何故そうするのかを教育するが
結局は理解されず直接指示を出してくれと請われ、全てを指揮することになる。
去年はそういった作業をしている途中で体調を崩し、死んでしまったのだ。
……今思い返しても老骨には中々にハードだった。
代わって息子や親友の孫などに代行させたが去年はどこに何を植えていたのかの
情報を記憶しておらず、悲惨な事になってしまったのである。
豆は良かったものの瓜とごぼうが生育不良で駄目になったのだ。
その時、もちろん私は木の杭に印を刻んで後々分かるようにしていたのだが、
私の火葬時に一緒に燃やしてしまっていたというオチが付いた。
……まったく、あのアホ息子共め。
しかし、肉体から解放された今では30代頃の全盛期の感覚で動けるので存分に指示ができる。
そう、私が指示できるのだ。
去年の山狩りで2人の死者を出した。
内1人を村で弔ったがその時に私は彼の魂を吸収した。
初めは何の事だか分からなかったが、霊体の強度(?)が上がったようなのだ。
声も聞こえず、姿が見えないのは以前のままだが、
移動する時に僅かに風が動くようになった。
つまり幽霊のままでも物体に干渉できるようになったのだ。
原理も何も全く理解できないオカルトな話だが、
どうやら魂を摂取することで霊としての格が上がっているのではないか?
と結論付ける事にした。
とはいえど、積極的に魂を奪うのは気が引けるので
捕獲して生きたまま村へ運ばれてきた猪や鹿などの魂を頂いているうちに
徐々に大きな力を振るえるまで至った。
風を集中させてカマイタチを発生させる事が可能になり、
意識すれば木の幹に一筋の傷を刻めるようになったのだ。
私にとってこれは凄くありがたい成長結果だ。
今回の植え付けはコレで地面や木の杭に図や絵を刻んで指示をする。
去年の冬は幸いにも餓死者は出なかったものの、小さな子供達には厳しかっただろう。
こんな厳しい時代だとしても、あまり貧しい暮らしはさせたくない。
みるみるヤル気が満ちてくるのを感じる。
霊魂自体が精神的な存在だからか、こういう風にテンションを上げると
カマイタチの制御も安定し、楽になるのだ。
ついでに、集中する必要の薄いただの風であっても色んな需要がある。
土に打ち込んで耕すのを手伝ったり、木の実を落したりと使い道は多い。
鳥獣害を防ぐ威嚇攻撃にもなるので益々自分の仕事が増えていく。
それを嬉しいと思いながら、
こうして、ゆっくりと春は流れていく。
トコトコと若い娘が近づいてきた。
先ほどまで指示していた畑の耕しが終わったのだろう。
この娘の独特な舌っ足らずの口調で指示を求めてきた。
「モリトさま、つぎどうしましょう」
……私、なにやら変な名称をつけられました。
※農業部分は色々とゆるゆる設定。
ごぼうは海外の人からするとただの木の根っこ見えるらしい。