げんぺい……制約と神器の代償
驕れる者も久しからず……諸行無常の鐘が鳴る。
私は初めから源平の争いに介入する気はなかった。
もはや人の世。
人の歴史はできるだけ人が紡いでいくものだろう。
神社の管理者であるモリトの血筋『森戸家』は歴史の記録者として
一歩離れた場所から静かに時代を眺めてゆくと決めている。
推定未来を知っている私の我侭に子孫を巻き込んでしまった事を申し訳なく思う。
本来異物である者が出張るのはやはりよろしくないだろう。
食糧事情の改善などを行なっておいて何を今更と笑われるかもしれないが。
なので今回も鳴女達にお願いをして戦とそれにまつわる人々を記録し、
後世の歴史研究に役立ててもらう事とした。
……介入はしないと言ったものの、
歴史が知る通りに動いたなら海中に沈むであろう三種の神器については要監視対象。
あまりにも歴史的遺物損失がもったいないので戦場が西に移動していったら
慣れぬ西国で任務に支障が出ないよう鶫鳴女に精鋭を送ってもらえるようお願いした。
回収で大和の神へ恩を売り、朝廷から森戸家の中立的立場を安堵してもらえれば良いと思いながら。
ところが、世の中そう上手くは行かないよう出来ているらしい。
鳴女の力が急激に弱まっている。
鶫鳴女からそう報告を受けた時、私は山犬の背で間抜けな表情をするだけだった。
その場にいた別の報告待ちの花鶏に話を聞くが霊力の低下は感じないという。
私からの信仰供給ラインが絶たれた訳でもなく、どこにも不審な要素は感じない。
どういう事態か詳しく説明してもらうと私に問題があった。
私は以前から春に祭りを行なっている。
その歌鳥桜祭りは私が主催し、私に集う人外の者達へ一定の存在力を与えているのだが
逆にそれが眷属としての繋がりを作ってしまっていたわけである。
とはいえど、燃料を渡しているだけで自立、自律可能なスタンドアローンと変わらない。
王樹様の形質を引き継いだ私と違い自由に行動する事ができる。
現に一部の妖怪などは春だけ帰郷してそれから方々へ戻るなど
お盆のような光景が見られたりする。
ここ数年を見ても彼等には特に影響はないように思われた。
……では、何が鳴女に影響したか。
依存度の違いだ。
妖怪類は人間の畏れから生まれた者が殆どである。
神秘が薄れたとはいえ人は暗がりや不可解を怖がり、それは妖怪に還元される。
その他の化生も自力で発生させる現象からある程度の自給自足が可能なのだ。
比べて、鳴女達は表に出ない。
鷹や鷲を畏れる人間は居れど、鶫や花鶏に恐怖や神秘を感じるものだろうか。
更に鳴女には寄る辺が杜人の地にしかないのだ。
大和から離れた以上、その恩恵を預かることはできない。
結果、縁が私と深く繋がってしまう事となり多くの信仰が鳴女に流れ、
与えられる力に引っ張られる形で距離的な制約を受けてしまっていた。
私のように完全に動けないわけではないが、
遠距離に行けば行くほど霊力が削ぎ落とされていく。
西は九州中部以南では雉、鶫レベルの最々古参ですら人型を保てなくなる。
壇ノ浦は五百年級の鳴女で行動できるギリギリのラインらしい。
東は中部地方、東海地方から房総半島までが監視可能地域。
そこから北は土着信仰が強く妖怪達の独自コミュニティーがあるようで
力の減少も相まって踏み込むには消滅も覚悟しなければいけないとの事。
私は鳴女達に決して無理をしないよう厳命し、今回の戦を記録するよう伝えた。
三人一組を守り、危険そうなら放棄して帰還してくれ、と。
戦場の血と炎の香りが運ぶ狂気は容易く怨霊を生み出す。
霊力乏しい今の彼女達でも簡単な倒滅だけなら大丈夫だろうが
それでも無理はせずに逃げろと伝えてある。
歴史書を作るにあたって記録は重要だが、それでも鳴女達には代えられない。
戦場は時代の流れなのか、はたまた運命か。
歴史をなぞり西へと流れてゆく。
西方組(神器回収班)には瀬戸内海で海戦が予想された事から泳ぎに長けた鳰を選抜。
残りは最古参かつ鳴女の要である鶫、同じく古参組の技巧者鵥が選ばれた。
今回はそも神器が海中に沈まないかもしれないので
神器紛失を防ぐように監視する、くらいに伝えておいた。
無理だけはしないように。
道具と違い、その存在は代えが利くものではないのだから。
……諸行無常。
変わらないものは無く、自分達も移ろい、いつか消えてしまうのだろうか。
平家、壇ノ浦に没す。
『水没した神器の回収成功。
鳰鳴女の消滅を鶫鳴女が確認。
詳細は帰還後報告いたします。
鵥鳴女 印』
※妖怪達に現代人のお盆に似た集合行事が出来ました。
神様が集まる出雲のようなもの。一応神だが主人公は行った事がない。