いやし……訃報と成長
初めての祭りから3ヶ月が過ぎた。
あの時とはまるきり反対に、女達の悲痛な泣き声が聞こえる。
……訃報だ。
基本的にこの村は農業を中心とし、補助的に山での狩猟や貝などの収集漁業、
そして月に1、2回ほど大型害獣駆除を兼ねての大規模な山狩りを行っている。
山狩りは大変危険であるから皆で注意しあったり
準備をきちんとやってから行なうのが常なのだけれども
ここ最近、軽い怪我人がでるだけだったのとお祭り騒ぎで気が緩んでいたのだろう。
猪の成獣を数頭狩れればそれで良かったのに山犬の群れに不用意に仕掛けた者がいたらしい。
結果、男衆の1人が殺され、1人が重症の酷い有様だ。
複数の山犬の群れに囲まれてどうしようもなく、逃げるしかなかったと。
逃走途中で咬まれたり斜面で転倒するなど、付いていった男の殆どが怪我を負っている。
そして、仲間の遺体は返ってこない。
失った事への悲しみが村を覆っている。
この時代は常に死が近いのだ。
手当てを受けている重傷者も、素人目に見ておそらく長くはない。
両足の太ももから脹脛にかけて浅くない裂傷が数本走っている。
左脇下にも噛み後があり、太い血管を傷付けたか出血が止まらないのだ。
血止めのヨモギ、オトギリソウやカタバミもここまで傷が深いと……。
息子達が私にどうにかならないか尋ねてくる。
私は、無理だと伝えることしかできなかった。
民間療法程度の医学でどうしようもない。
私は医者では無いのだ。
日が落ちようとする頃、男は息を引き取った。
まだ若い男だった。
長である息子が私を呼ぶ。
死者を私と同じ、見守る者にして欲しいのだ、と。
しかし、残念ながら私は偶発的に発生した幽霊だ。
自分がどうしてそうなったのかも分からないのに他人をどうこうできるはずもない。
今の私にできるのは死を悼む事しかなかった……。
そっと、亡骸を抱きしめる。
……!
すると、ぼんやりと灯る光球が遺体より浮かび上がった。
これが何なのかを私が理解するより先に、温かな塊は私を見つけると胸に飛び込む。
奇妙な感覚であったが、言葉に換えて一番語弊のないよう説明するなら、
私の中に溶けて混ざったようだった。
村人達には遺体から何か見えないものが私(の気配)に吸収されたように見えたらしい。
周囲から感謝や、これから見守ってくれなどといった激励が残された遺体に向かって掛けられる。
死に対して随分と前向きであるのは私の存在があるからか。
そこに僅かな危険を感じたものの、私の中へ入ってきた若者の魂を考えるのが先だろう。
これが私にどういう作用を齎すのか、今は分からない。
けれども、彼の死が悲しみだけではなくなったことは喜んでも良いのだろうか。
私が魂を取り込んでから一週間が経った。
村人は今日も各々の仕事に精を出している。
そこには悲しみも何も無く、皆がそうせねば死んでいくだけだからだ。
複数の群れがあることが分かったので対策に鳴子を増やす者、柵や溝を整備する者がいる。
また、今回捨ててきてしまった分の槍を作り直している者もいる。
そして怪我人の治療を行うに当たって大量に消費した薬を集める者も必要となる。
私は、私の後を継いで薬師となった娘と、孫、曾孫と共に野草を採りに森に入った。
私が付いていれば少々の獣の群であっても退散させる事ができる(と思う)。
ゆえに女衆だけでも森の探索ができるのであるが、反面、村の警護が疎かになるのが問題だ。
しかし、冒さねばならぬ危険である。
この村を陰ながら支えているのはこの拙い医療だ。
私が覚えているのは田舎で祖母に教えてもらった知識だけであるが、
それでも咳止め、止血、解熱、痛み止め、整腸と一通りは揃っている。
もっとも、それがどれほど効果があるのか正確には分からないのが玉に瑕なのだが……。
採りすぎないように気をつけ、オトギリソウの密集地を後にする。
他にも気になったものがあったが時間を掛け過ぎてはいけない。
怪我をしていた男達には今日は武器を携帯しながら村だけで仕事するようにしてあるが、
何があるか分からない。早く済ませて帰らなければ。
それに森は非常に危険である。
私が付いていても数で押されれば守りきることは叶わないだろう。
女を怪我させるのは駄目なのだ。
これは別にフェミニストだから等という温い理由ではない。
人口を増やし村の規模を維持するには子を生む女性が必須だからである。
ただでさえ出産後に死亡する確率が高い上に乳幼児の死亡率も高い。
衛生観念も何も無い原始の時代において女性は非常に重要な要素なのだ。
その逸る気持ちが伝わったのか、娘が日々の燻製で皺枯れた声で言った。
「父様、気を静められますよう。
あてられた風が逆巻いております」
ふと、その言葉に周囲を見回すと確かに風が生まれていた。
……物理的な干渉力が生まれている?
後に、若者の魂によって私の魂が成長したのだと知った。
※医療云々はなんちゃって考察なのであまり深く考えないでください。
野草は意外と効果があったりします。
文化的、技術的な穴とか大量にあります。