かむさび……忘らるる神秘と平安の都
平城京が限界に近づいている。
元々が水資源の確保に難い土地柄ではあったのだが、
都の拡張と居住者の増加によって賄いきれなくなっているのだ。
更に、生活廃水によって少ない河川が糞尿などに汚され、
伝染病を蔓延させてしまい、民衆は不安な日々を送っている。
食料品を中心に物価が上がり物取りが増えた。
一時期は治安の悪化が改善に向かったものの、都は再び危機を迎えていた。
こうして民草が困窮しているのに中央は相変わらずの権力闘争。
民心は離れていく。
私はこの水から始まった一連の問題から泣沢女が力を失っている。
そう確信した。
泣沢女は古くから大和についていた水の神霊である。
伝承によれば涙から生まれたとされ、
『泣き』は湧水を、『沢』は古語の多いを意味する。
水の浄化、水源の管理を行なっており、ある種生活に近い存在。
必須となる生活物資であり、生活基盤となる水を象徴する神霊だ。
彼女には実は面識があったりする。
雉鳴女がまだ私の国にいた頃、地下水を探知できないかと協力をお願いした事がある。
非常にネガティブな性格だが親切にしてくれた。
災いを齎す神ではなく、むしろ益神。
その上、農業従事者の命綱と呼べる水の神霊が力を失う事態が訪れるなんて信じられなかった。
私はすぐさま鶫鳴女に事実を確認してもらう。
結果は、発展の弊害によるものだった。
ここ数十年で随分と人間の神離れが進んでいるらしい。
新たな人の力として仏教の信仰代替力『法力』
自然を巡る様々な因果から信仰を貸借する『陰陽術』
人間が神だけに頼らずともよくなった事で信仰が減少している。
そしてそれは、信仰によって力を補っていた元々の霊力が少ない神霊を中心に影響を及ぼし
最悪、存在が限りなく希薄なものとなり消滅も有り得るという。
泣沢女のケースだと、井戸の掘削技術や堤防の建設技術などによって
水の神霊に対する信仰の薄れが原因となって力を失っているとの事だった。
それでも大和の神として可能な限り都の水利を守ろうとしているが、
手も力も足りず病を食い止めることができなかったという。
伝染病の解決に陰陽師が奮戦した事もあってか更に信仰が低下していて、
このままでは都を守り切れない、と毎日涙を流し続けているそうだ。
人間が豊かになり、神の力を借りずとも
自らの手で道を切り開けるようになるのは私も望んでいた姿である。
けれども、不思議な寂しさが私の胸を締め付けていた。
忘れられはじめた神々……。
私もいずれそうなっていくのか。
中央は平城京を捨てる事を決定する。
平城京より北へ行った平野に、新たに都を創る計画を立てたらしい。
大和の神々の協力によって創られた平城京を捨てる……。
これは単に遷都しただけではない意味を含んでいるように思えた。
平安京、そう名付けられる都。
名前通りの時代が訪れて欲しいと思う。
※忘れられていく神々……主人公もそうなっていくのか。
何より本人に対し信仰を持たれない鳴女の一族は……