あやかし……陰陽師の出現
あの日の出来事から随分と年月が経ったが、
私は雉鳴女とは未だに逢う事が叶わずにいた。
鶫鳴女曰く、まだその時ではないのでしょう、との事。
私はいつ彼女に謝れるのか。
正直な所、刑の執行を待つ咎人の心境である。
しかし日々の仕事は待ってはくれない。
今日も今日とて、様々な案件が飛び込んでくるのだ。
変わらず新たな問題に頭を悩ませていたりする。
それは陰陽師。
私の貧困な想像力でだと、妖怪と戦ったりお札で呪いを祓ったりだとか、
そういうオカルト的なものだったが、実際は意外と地味な仕事だ。
もちろん心霊現象を扱う部分もあるのだが、
気象、天体観測や、水時計などを使った時刻管理。
あとはもっぱら各省庁の公文書の管理といったものである。
初めは政務を補助する程度の小さな部署であったのだが、
大陸からの技術者などが主となって構成されていて、
その外交的重要性から次第に発言力を増していったのだ。
結果、都を護法するには過剰なほど人間の霊的武力が平城京に集まっている。
陰陽術は大陸の道教などと神道、仏教思想とも混ざりあっており、
それぞれへの信仰が奇妙に融合されていったのか凄まじい進化を遂げていた。
『力』の貸借といった形で複数の概念から奇跡を取り出す事まで可能になっている。
ここまでの部分だとそこまで問題というわけではない。
だが、国津神の離れ始めた都は安定を欠き始めていた。
神霊に代わりに人間が『力』を行使するようになるとあるものが現われる。
人間の想念から生まれ出でる妖。
自然から生まれたのではない、人間派生の『妖怪』出現である。
この本来有り得ぬ存在を消し去るために更に霊的な力を高めよう、集めようとし、
それが結果的に人の心から化生を生み出していく。
都に派遣している鳴女によると、この負の連鎖が始まっているという。
まぁ、都の中心で権力争いに暗殺など暗い情念を燃やしていれば然もあらん話だ。
そして、陰陽師が金になると思った馬鹿共が大した力も知識もない俄か陰陽師となり、
命を落すだけならまだしも妖に魅入られ、魔に落ちてしまい強盗、強姦に走るなどしている。
民間陰陽師が増加し、皮肉なことに祓うべき妖怪化生も増加の一途。
それに釣られて街全体の空気が悪い事を悪いと思えない空気になっていき、
ちょっとした不満から軽犯罪を犯す者も増えてくる。
都の治安が急激に悪化し始めているのだ。
ぶっちゃけると、中央の事は中央で処理してもらいたい。
しかし、民間陰陽師が賊崩れとなったり、妖怪の雪崩れ込みなどとなって、
すでに我が領内でも乱暴狼藉を働きだしているので放置するわけにもならなかった。
今のところ頼れる番犬である山犬によって水際で退治したりもしているが、
いつまでも防ぎきれるとも判らないし、いつまでも続くようでは交易などに影響がでる。
私の領民が陰陽師を必要としないように土地の浄化や祝福などおこなって
信仰が離れないように各地域の祖霊や守護者に言いつけてはいるが、現状維持が精一杯だ。
改善には至らない。
ここはもう、教育してもらうしかない。
大陸より入った儒教などの日本人の道徳観を教育する思想を上手く利用するなどして
日本人のモラルを高くしていかないとやってられないのだ。
事細かに起きてしまった事件を書に纏め、上奏する。
都の陰陽寮がもっと真面目に仕事をしてくれさえすれば良いのだ。
それこそ無償とまでいかずとも国家がある程度を保障するようにすれば
わざわざコストの高い民間で陰陽師の真似事も出来なくなるし、発言力も上がるだろう。
そういう風に助言してやって改善させていく。
……あまり陰陽師が神格化されていくのは望ましくないが、痛し痒しである。
そも大和を守護していた神霊衆は何をやっているのか。
未だに仏教に対して拗ねていたりするのだろうか。
いい加減に立ち直って民を治めて欲しい。
この世はままならんものだなぁ。
私は書きかけの書状をそのままに、境内へ出て空を見上げた。
※雉鳴女はまだ躊躇ってます。
「あ、明日行こう」「……今日は雨だから」「台風で今は忙しそう」
そんな感じで勇気を出せないままモジモジとしております。
もっとも、そんな状態でも陰ながら主人公の仕事を手伝ってますが。
※陰陽師。
実際は特殊な技術を持った人の集まりなだけで、特殊さ故に地味です。
この物語では民間陰陽師が治安を悪化させる遠因に。
人の敵は人、ここから多種多様な妖怪が人から生まれていく事となります。