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かのきじ……親想う鶫のさえずり





中央の情勢は陰惨を極めているそうだが少しの落ち着きをみせた。


暗殺に暗殺が相次ぐなか、初の女性大王、私の知る所の天皇が即位したらしい。

豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめのみこと)こと、推古天皇。


上宮之厩戸豊聡耳命(かみつみやのうまやどとよとみみのみこと)がその補佐と付く。

こちらも馴染みある言い方で言えば聖徳太子。


……名前については鶫鳴女経由で教えてもらったものだが。

私の中では歴史教科書にしかいなかった人物。


女性天皇の即位、そして冠位十二階と十七条の憲法が制定されなければ

彼女等がそうであるとは思い出すことは無く、気付かなかっただろう。


私は一生懸命に生き、死んでからも一生懸命に今を豊かにしようと頑張ったが、

それでも、私は、どこか遠くに時代を眺めていたのだと知った。


時代とは現在(いま)なのだ。


自分はこれまで、果たしてその重みを感じていただろうか。

私はより気を入れて全てに当たらねばなるまい。

此処が私の居場所なのだから。







と、私の反省はさておいて、時代はこの2人を鍵に動き始める。


各地の豪族の裁量に任せていた軍事、税を中央が管理するようになった。

不足する人員は、氏姓に縛られることなく有能であるならば取り立てられるよう法を定め、

さらに大陸にも使者を送り学を深め、試行錯誤を繰り返しながら中央集権を進めてゆく。


結果、今まで大和を呼ばれた国は一つの区切りを迎え、

日出ずる国、『日本』へと向かっていった。










そんな中、『三宝』を敬えという国家的な思考統制が齎したもの。


三宝とは仏・法・僧。


仏教による国家鎮護をより進める政策であったがために

神と人の距離は徐々に離れてゆき、人の色が強くなってゆく。


その時、僅かだが、確実に、人は神秘を失った。


私はまだ、それがどのような未来を描くのか気付いてはいなかった。
















何故なら、私は国家の転換期、国を治めるのに全精力を果たしていたからだ。


粛々と山に恵みを与え、海を鎮めて、配下の神霊を統率する。

民を豊かにしていくためにいつも通りの仕事をするだけであったが、

今回、税や土地の扱いに関して、不当な取立ての防止や、税を集められぬ場合の保障など、

法の穴に悪用の恐れがある部分に関しての上申書を中央に送ったり会談したりが増えた。


とはいえ、少々仕事が増えても、それは前述したようにいつも通り(・・・・・)なのだ。

精根尽き果てるような忙しさになったのはある理由があった。




なんと鶫鳴女を含め、鳴女の一族の全員が突如休みを欲しいと言い出したのだ。




こちらとしては常日頃から休まず働いてくれる彼女達に休暇を与えるのは吝かではないのだが、

ストライキ染みた一斉休暇申請は進行中の各事業を停滞させかねなかったので大変困った。


急遽、休暇のローテーション表を作成し、出来た穴を私自らで補って回してみたが

本当に彼女達の仕事能力には頭が下がる思いだった。


山林に詳しい者、水利に詳しい者、医学に詳しい者、農業に詳しい者。


おそらくそれぞれ細かい仕事に至るまで的確に才能や適正を合わせて分担していたのだろう。

私はとてもじゃないが完璧にこなしたとは言えず、何とか及第点レベルの仕事振りだった。

と、同時に彼女達に甘えすぎていた事も自覚した。









それらが一段落ついたあと、

私は鶫鳴女にどうして一族全員がこのような休みを取ろうとしたか尋ねた。


労働条件が悪かったのならば改善するので教えてくれ、と。




鶫鳴女は、静かに答えた。


貴方様に不満があるのではありません、身内で少し問題がありまして。




私はそれこそ一大事だ、と焦った。

この国に鳴女の一族は必要不可欠な存在となってきている。




何か私が手伝えることはないだろうか。




再び私が問いかけると鶫鳴女は誰かを思わせる鋭い眼差しで、

「では幾つか、質問をよろしいでしょうか」と問い返してきた。


それは遥か昔に雉鳴女から詰問を受けた情景に似ていた。

美しい刃の様、凛とした声色までもが。










「雉鳴女を憶えていますでしょうか?」




憶えています。

当時、彼女には大変助けられましたよ。




「雉鳴女を恨んでおりますか?」




何故、私が彼女を恨まねばならないのですか。

むしろ彼女こそ私を恨んでいるはずでしょう。

私は彼女の心を手酷く裏切ったのですから……。




「もしも雉鳴女がこの国に戻るとしたら?」




歓迎します。

そして、私は過去の裏切りを詫びねばなりません。

憎まれようと怨まれようと、その責めを負う義務があります。




「……会えるのならば?」




……会いたい。












最後の問いに私が答えると、

鶫鳴女は安心したように視線を緩め、大きく深呼吸をした。


私は、鳴女の一族が『彼女』を発見したのだ、そう確信する。

でなくばこのような質問がなされる理由が無い。


『彼女』は無事なのか?


鳴女の一族にとって雉鳴女はどのような地位の者だったか私は知らない。

一族全員が休みを取ってまで彼女に対する問題に当たるというのは異常に思える。

厳しい戒律や掟があるのではないだろうか。





彼女に会いたい。


会って、頭を下げ、謝らなければならない。


自己の保身のため、彼女を見捨ててしまった事を。


たとえ彼女に許されなくともそれだけは。





私は自然、鶫鳴女の手に縋り付くよう両手で握り締め、頭を垂れる。

雉鳴女に会わせてくれ、と何度も何度も懇願した。

















「雉鳴女は必ずここに帰ってきます。

 何故ならここは彼女が必要とされる場所だから……。

 ですから、もう暫し、ほんの少しだけお待ちください」


誰も悪くないのにお互い自分を責めたがる……ほんと似た者同士なんですから……。





そう言って笑う鶫鳴女が印象的だった。



※鳴女の一族が休暇申請だしたのは雉鳴女に一歩踏み出してもらおうと

全員で雉鳴女を応援するため。鶫鳴女の提案。

一族全員がこうなった彼女に負い目を持ってもいた。

贖罪だと言って病的に仕事をこなす彼女の為に、家族の情を捨てていた

鳴女達はどうにかしたいと思いながらも何もできずにいた。

その中でも特に雉鳴女を慕っていた鶫鳴女が感情を爆発させ、

雉鳴女の気持ちをわずかでも動かすことが出来たのが切欠となって皆が動いた。


一族の絆は、血よりも濃かった。

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