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  杜人閑話……雉の行方『鳴女の親子』





混乱も治まり、仕事が落ち着きを見せ始めた頃から、

鶫鳴女は私の住む深奥の小屋を仕事とは別に、定期的に訪ねて来る。






今日もその日のようで、書類も何も持たず、彼女はやってきた。


こういう時、彼女が何を言い出すのかは分かっている。




「まだ、自分を許せませんか?」




度々、彼女は私にこう問いかける。


許すも何もない。

私は彼に裁かれるべき罪を抱えながら逃げ回っている卑怯者だからだ。


その点、鶫鳴女には悪いと思う。


不甲斐無い私に代わり鳴女の一族を率いているのだ。

さらに仕事を私の為に受けてきてくれる。

彼女がいなければ私は罪を償う事すらできないから。




「その事よりも、技術仕官の受け入れ案を纏めておきました。

 東の村で使えそうな土地が余っていますから併せて工房の建設計画書がこれです。

 予算の詳細もそれに。いつも通り(・・・・・)、仕事をこなしてください」




私は彼女に今日終わらせた仕事を渡した。


彼女が見せた辛そうな顔に心が痛む。

そういう風に思う資格すらない私の心が。





いつもならここで引き下がってくれる鶫鳴女は、

いつもと異なる気迫を込めて食い下がって来た。






「……もう ……もういいじゃないですかっ!」




彼女らしからぬ大声に私は怯んだ。




「貴女は十分にやってきましたよっ!

 おかげでこの国は豊かになってきています。

 この前の台風だって貴女が考えた堤防補修工事で被害は軽微でした!」




溢れ出る感情の濁流が言葉に乗せられている。




「鳥獣害を減らしているのだって私は知っています!

 区画整備、街道の発展も貴女の力がなければこうまで上手くはいかなかった!」




涙を流しながら、心をぶつけてくる。




「あの時、貴女は全ての責を知らずに負っていたんです!

 だから心ならず、ほんの僅かな過ちを犯してしまっただけっ。

 それもこれも鳴女の名を貴女だけに背負わせた私達の罪なんです!

 我々鳴女の一族郎党全員が、貴女を許しますっ、認めますっ、だから……!」




彼女の可愛らしい表情は悲しみでクシャクシャに歪んでいる。




「……許されるっ、母さんはっ、許されるべきなんです!」




全ての言葉を吐き出した最後に、私に縋り付くと、

鶫鳴女は私の胸でシクシクと泣き出した。




「ひっく、お、お母さんが、悲しいと、んっく、みんな、か、悲しい、のに」




私は、そっと義娘(むすめ)の髪を撫でてやった。

だいたい二百年振りだろうか、こうして義母(はは)と呼ばれるのは……。


血の繋がりどころか種族も違う鳴女の一族。

それでも私達は確かに家族なのだ。




「……随分昔に一人前になったと思ったのに、

 やっぱり泣き虫で、甘えん坊なのは変わらないのね」




鳴女は一人立ちできる能力を身に付けると、一個人同士になるよう躾けられる。

それは、情報を扱う仕事に身内贔屓を混ぜたりしないようにする訓練でもある。


けれども、私は娘を突き放す事なんてできない。

彼女を拾った時と同じように、あの懐かしき日々と同じように、背中をトントンとあやしてやる。




「お、お母さんが、ひっく、ん、お母さんが、ばか、ひっく、ばかだから」




そうかもしれない。


けれど、今更戻れないのだ。

私は、私を未だに憎んでいる。


そして、彼の前に立つ勇気も、無い。

糾弾されるのが怖くて、怖くて、地を這って逃げている、泥塗れの醜い雉一羽。


彼の前に立つことで、私はこの最後の『繋がり』が絶たれてしまうのを恐怖している。




「……っしょ、一緒に、あやまろ、わたしも、っく、行く、から」




しゃくり上げ続ける娘は、恐怖に震える私を強く抱きしめた。

『温もり』が心を満たしていく。


けれど私は……。




「私は、……私は今のままでいるべきなのよ。

 こうして罪を償える事は、きっと、幸せなことなのだから」




一歩を踏み出すのが怖い。




「だめ、お母さん、泣いてる。

 そんな顔して、幸せなはずない」




言われ、初めて頬を伝う雫に気が付いた。




「泣いてる……、私……泣いてる?」




こんな汚れた心でも、涙を流す事が出来るのか。


何故、泣くのか、何故、心が震えるのか。


あの頃へ戻りたいと願っているのか。


浅ましくも願おうというのか。


……私は。


















私は……。






※鳴女を背負っていた重圧は当時の彼女を苛んでいた。

その重荷を鶫鳴女は外してやろうと動きました。


さて、彼女は何を選択するのか。

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