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  杜人閑話……雉の行方『半生』




……昔はただ生きてゆくのに必死であった。










母は私を産んだ後、優しく育ててくれた。

母は私を温かく包み、巣は私の世界だった。


すぐさま私の世界は壊れる事になるのだが……。







ある日、母が死んだ事を知る。


直接、母の遺骸を目にしたわけではないが、母はその日を境に巣へ戻る事はなかった。


1人、母を待つ日々。

孤独と飢えに震えながら私は待っていたがじきに悟る。

人か獣かいずれかに狩られ、命を落したのだろう、と。


揺り篭の崩壊。


それから生きる為の戦いが始まったのだ。







泥水も啜れば、腐った屍肉だろうと私は口にした。


吐き気を催しながらも、己が屍にならぬよう何でもやった。


この翼は小鳥のよう軽やかに空を舞うには重すぎて、

この足は野獣のよう素早く地を駆けるには遅すぎる。


口先で難を逃れ、罠に誘い出し、危険と判れば臆面も無く逃げ出す。

生きる為に卑怯卑劣の限りを尽くして私は命を繋いでいた。


私が嫌いなこの世界で、私は誰よりも嫌われ者だ。


しかし、それでも必死にしがみついた。

生きる事に、命に、しがみついていた。


ただ私だけを信じて。




あの暖かな世界が壊れた日から、ずっと怖かった。


突然訪れる『死』の裁定に身体が震えるから、私は生きていた。







ある時、私は肉体を捨てる事になる。


多くの命を喰らい、永く生きたからだろう。

雉の変化になってからも、私は生きる為に戦っていた。


人型を取れるようになったのはあの便利な手に憧れたからか、

はたまた誰かと繋がって生きている人間という種を(うらや)んだからなのか。


繋がらねば生きてゆけぬ弱い弱い種族、人間。


私は『孤独』が己を縛っている事を知った。

『温もり』『優しさ』を求めているのだと。


……それでも私は独り汚く生き抜いていた。

それ以外の生き方なぞ知らなかったのだから。










ひょんな事から私は(ヤマト)と名乗る国に拾われる。



正確には、山狩りの際に捕まったのだが、

この国は建国されたばかりであり、守護を担う神霊を欲していた。

そこに丁度良く私が捕まったので手駒としたわけだ。


この国にはすでに沢山の神霊がいた。

その誰もが強力で、私など比べるも(おこ)がましい。


……何故、あなた方は、私を必要とするのですか。

私はそれを聞かずにはおれなかった。


しかし、彼等は本当に私を必要としてくれていたのだ。



  いずれこの国は全ての土地を手に入れる。

  どれほど手があろうとも足りぬかもしれん。

  私と私の民の為、お前の力が必要だ。



……王は私の手を握り、真っ直ぐに私を見据えてそう言ってくれたのだ。


その眩しさに魅せられて、私は倭に忠誠を誓う。


私は、もう『独り』ではなくなった。

誰かと、誰かとようやく手を繋げた喜び。


その『温もり』と『優しさ』に泣いた。










王の誇りを傷つけぬよう、私は、汚い私を捨てた。


今までのような卑怯卑劣で王の威信を揺るがしてはならない。

浅学を晒し、王に恥を掻かせてはならない。


私は今まで生きてきたのと同様に、必死に学を積み、あらゆる経験を積んだ。


王の様に、真っ直ぐ、綺麗に生きたい。


その為に私は過去の私と決別したのだ。






時代は流れ、何代も王が代わる。

それでも私の忠誠は変わらない。


必要としてくれる者がいるならば、そこにいたい。








私は己の限界も知っていた。


霊力はこれ以上成長する事はなく、戦いにも向かない。

だから私は誰かを補佐できるよう情報を司る者となるに至る。

私を初めとして鳴女の一族が生まれた。


それと同時期に機は熟したと王の東征が始まった。






この日の為に鍛え上げられた軍勢は順調に土地を支配下に置いてゆく。

……唯一つの敗北を除いて。


時の王、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)の初めての敗北。

モリトと名乗る、山に守られた国を守護する土着神に敗れたと。


それを耳にした時、私は何故それを防げなかったのか悔やんだ。


その時、私は西国にて王不在の国内を纏めるため政務の補助をしていたが

斥候が情報を集める事が出来ていれば、王の覇道に傷を付けることはなかっただろう。

私に連なる部下の教育をもう少し詰めていれば良かったか、と。


最終的には和睦となったが、八咫烏(ヤタカラス)を退ける武力を持った神。

従軍した兵士達も、その荒ぶる神の武威に恐れを抱いている。



この和睦の裏で、牙を剥く気であるまいか……。



私はそう考えると王に願い出ていた。

()のモリトと名乗る神の抑えとして私を、と。









初めて目にしたモリト神は、想像よりもずっと貧弱に見えた。

この神が本当に八咫烏と互角以上に戦ったのか疑うほどに。


私は警戒しながら監視を続ける。


不穏な動きをすればすぐさま伝令を飛ばし、

可能であるなら私自身の手で討つために。


しかし、彼の神はひたすらに民の安堵に苦心しているだけ。


荒ぶる神の姿などそこには無く、優れた統治者がいるだけだ。

領民の一人一人を考える優しき賢い神。


その姿に、私は初代王を思い出した。


懐かしさもあっただろう。

いつしか私は彼の仕事を親身になって手伝うようになっていた。








叛意無しとして中央に帰還した私は、地方を結ぶ情報網の作成に追われる事になる。


鳴女の一族は皆が皆、力の小さい戦いに向かぬ者ばかりだったが、

それゆえにそれぞれが器用な特技を持ち合わせており優秀だった。




しかし、ある時、

私の世界が壊れたあの日と同じように唐突に……、


私の世界は再び壊れてゆく。




王の、仏教を国の宗教としよう、という一言によって。











※雉の人、その半生。

 みんなそれぞれがそれぞれの長い物語を背負って生きている。

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