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わたつみ……神霊への信仰とは




大和の大王(オオキミ)が日本の近畿以西をほぼ掌握し、日本の覇者となってしばらく。

今度は朝鮮に向け、兵を動かすのだと鶫鳴女(ツグミノナキメ)から聞いた。


鶫鳴女は雉鳴女(キジノナキメ)の親戚筋で、仕事が忙しく杜人の地に行けぬ雉鳴女の代わりに

来年の出兵に対する援助協力の申し出を伝えにきたそうだ。


その容姿は親戚だけあって良く似ており、

雉鳴女を一回り幼くし、目元を優しげに緩めれば鶫鳴女である。




元より私に断るという選択肢は存在しない。


彼等の統治はまだまだ各地の豪族などに投げっぱなしの部分が多く、

上からどうしろ、ああしろ、だの押し付けたりはしてこない。

まぁ、正しくは未だに押し付けられるだけの支配体制を築き上げていないだけなのだろうが……。


なので、こういった急な物入り以外に不満に思う事も少ない上に、

『参加』ではなく『援助』と譲歩してくれさえしている。


ならば甲斐甲斐しく尽くすのも悪くはない。


彼等が上手く日本を纏められるのならば私の民も快く生きていけるだろう。

私から言えることは「我が民を巻き込まずに戦争してくれ」くらいか。


食糧物資に加え、薬草などの医療関連物資も融通する事を約束し、

朝廷より遠路遥々この地まで来てくれた鶫鳴女をもてなす事にした。







海を望む場所に建てられた分社へと、山犬に跨り山を降りる。


山犬は彼女を乗せる事を渋ったが、お願いすると乗せてくれた。

この情景にふと懐かしさを覚え、私は雉鳴女を思い出した。


雉鳴女の時は初めの頃に強烈な敵意を持っていたから乗せるのを嫌がったが、

打ち解けてからは同じように、渋りはするものの背中を許していた。


不意に笑った私を鶫鳴女は首をかしげ怪訝な顔で見たが、

それもまた、山犬に許され珍しい笑顔を見せた雉鳴女を思い出させた。

彼女は忙しいとの事だったが、今は何をしているのだろうか。

あの有能さならば何処へ行こうにも引っ張りだこに決まっている。




ようやく見えてきた海を望む小高い丘の真ん中、防風林の松に囲まれたそれは

地元の漁師達に『ワタツミさんの御社(オヤシロ)』と呼ばれている。




ワタツミと付いているが私の分社であり、正確には杜人(モリヒト)の御社である。


「ワタ」とは海を指し、「ミ」は神霊を意味する。

大和から文字や口語文化の流入で生まれた、流行言葉で言う海の神の意だそうだ。


もちろん、彼等は私の名を『杜人(モリヒト)』であると知っているが、

親しみを込めて私の事を、モリヒトさん、ワタツミさん、と呼ぶ。


これは彼等の仲良くなりたいという気持ちの表れであり、不快に感じる事はない。

民に畏れられる神の形もあろうが、私は民と共にある神でありたいと考えてるからだ。




社の入り口でこの話をすると鶫鳴女は呆れ顔で、

自らの信仰を分けかねない愚行ですよ、と忠告してくれた。




もはや限界ギリギリまで成長した私の霊魂はこれ以上の力を付ける事が難しい。


しかし、霊とは精神や想念に強く影響を受けるもので、

誰かの想いや強い願いによって強さを上下する。


長きに渡り信仰を受けたモノは霊で非ずとも霊を宿す事もある。


私のケースも、モリヒトとワタツミが別存在であると間違って広まったならば

分割された信仰によって弱体し、最悪の場合には想いから産まれてきたワタツミに呑まれる危険も無きにしも非ずといったところだ。


当然、そのリスクは承知ではある。


しかし、民を守りたいと願う私から生まれ、

民を守る事を第一としなければ発生できないワタツミならば、

手を取り合えないなどという事態が起こりえないだろう。




神が2人になれば、この地の山も海も、もっと豊かになれるだろうし。




社から夕陽に赤く染まる海岸を眺めながら、私がそう締め括ると

鶫鳴女は見事な呆れ顔から一転、今度はクスクスと小さく笑い出した。

そして、彼女も私と同じように海岸を眺める。




「雉鳴女が貴方を好いた理由が分かりました」




潮風が優しく吹いている。


最後の一言によって、

私は不思議な気恥ずかしさを感じながら彼女をもてなす事となった。


※日本の八百万之神、九十九神、付喪神の生まれ方。

 長きに渡り想いを込められたモノが霊を宿す、非常にロマンチックな考え。


※今回登場の鶫鳴女は完全な創作です。

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