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  杜人閑話……学生Sの歴史想像『山海問答』『山犬』




藤井教授の講義は面白い。

正直、楽そうだったからという理由で人間文化学部を選んだが、正解だった。


今では考古学、民俗学をもっと学んで行きたいとも思っている。

暗記ばっかの日本史が大嫌いだった、この俺が、だ。


なんで面白いのか、は実に簡単な話だった。


ちょっとしたピースから考える力を試すような問題。

先生は考えがあっているあっていないで評価するのではない。

そこにどうして至るのか、そこの考え方を評価してくれる。


自分で想像する行為が面白くないわけがないだろう。


急に歴史が面白く感じる。

今日は何をやるのか。






「はい、では今日の講義を始めます」



教授はいつも通りに挨拶をするとプリントを配った。



「え~、今日はですね、またも私の趣味です」



プリントには鳥や狼、いくつかのマークが描かれている。

教授の趣味、それは杜人綿津見神に関連したあれやこれやだ。

その部分だけ偏執的に取り扱っていると思う。



「先日は杜人神語の雉草子、その『杜人(もりひと)説話』から『山海問答(さんかいもんどう)』を勉強しました。

 杜人綿津見神が人間臭い言い分で雉鳴女に屁理屈をこねるシーンです、憶えてますね?」



当然、ちゃんとノートも取っている。


確か乱暴に要約すると、『山の神か、海の神か』と問われて

『どっちであるとか関係なく私は私が守りたいものを守る』

『山で困っている者がいれば助ける、それは海だろうと変わらない』

『誰かを助けるのに、そこが山だ海だと言い出す道理は無い』

……と、かなり男前な返しをするシーンだったはずだ。


統治者の器の大きさや、性格を窺える場面。


古事記では荒ぶる神としか記述されていないが、日本書紀の方では

『気性穏やかにして賢く、情に篤い』と評されており、『山海問答』と一致する。

これは最後に雉鳴女が蛮神との伝えを訂正すると誓ったのが功を奏したのだろうか。


その辺りを空想したりするのが楽しい講義だった。




「そこで、雉鳴女は山犬に跨る神の姿を見て山の神だと勘違いしたわけです。

 実際に八咫烏と戦ったとされるのは地元で神樹の山と呼ばれていて、

 杜人綿津見神の家とも言える本殿のすぐ近くですから雉鳴女もそう思ったのでしょう。

 これに関しては紛らわしいので弁護できますが、後に彼女は色々とそそっかしい間違いを

 ……と、はははっ、少々脱線してしまいました」




杜人神語はこういう部分に引き込まれる。


記述されている神々の妙なコミカルさも魅力だと思う。

更に、どこか遠い話なはずの歴史がすぐ側に実際に残っているのが大きい。

不思議な親近感があって知りたい欲求が湧き出てくる。




「話を戻しまして、その杜人綿津見神、実に沢山の偶像、象徴を持っています。

 今回はそれらに関係の深い動物や道具なんかを紹介したいと思います」




まずは山犬だろう。


杜人神社の写真を見せてもらったが、狛犬ではなく山犬が境内を見張っている。

しかも、狛犬と違って2頭1セットではなく単体で御社の右手側から

今にも飛び掛りそうな低い姿勢で睨みつけているのだ。


これは海沿いにある綿津見の御社でも同様に山犬である。




「はい、では最初は山犬からですね。

 この山犬はニホンオオカミだったのではないかとも言われています。

 杜人神語でも杜人綿津見神に最も古くから仕えている眷族だと触れられており、

 鶫草子では杜人綿津見神が自らの半身に等しいとまで述べているんですよ」




教授の視線から次に何を言うのかが読めた。




「この記述から考えられることはないかな?」




ほら来た。


何度もこの手の質問を受けている俺にはすでに一つの答えがあった。


山犬を飼育していた、のは当然として

集落単位で犬を使った狩猟も行われていたのかもしれない。


……半身とまで褒めているそれは、杜人綿津見神の統治の助けになっていた証?


一週間前の授業で定期的な山狩りを行なっていたと習ったのも合わせると、

熊や他の山犬、狼グループによる被害を軽減したりとかしていたのかな。


それは山を開拓し、村や国を大きくする大きな切り札だったのかも。

猟師達は犬使いであった……とか面白そうだ。




「お、やるね坂本君、過去の授業も踏まえていて

 教える側としてはこの上なく嬉しい。

 さらに殆ど現在の定説に近いね、うん、やるじゃないか」




褒められると照れる。




「実際に、近くの遺跡に残された壁画などにも犬の絵が残されているんです。

 しかも人と共に並んでいる絵が半分以上を占めていたりするんですよ。

 弥生時代の遺跡からも見つかっていてね、古来から人と犬の関わりが深かったのが判る」




そんな古代から人と犬の関係は続いているのか。


ふと実家のチャッピーを思い出した。

犬を飼っている身からすると、犬は家族だ。


犬好きな神様ってだけでなんか笑えるな。







この楽しい講義はまだまだ続いていく……。



※また1人、歴史好きが生まれるのだった……。

 日本史の授業中とかに妄想を走らせたりしませんでしたか。


※他の象徴とかについてはこの閑話のpart2を作るかも。

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