ふっこう……雉鳴きて平穏訪る
戦争は終わったが、私は最も倭を梃子摺らせた神という事になっている。
祀られている杜人(=王樹様)と部下であった守人(=私)が
混同されていった結果そうなってしまった。
戦争が終わって早々、監視の為に送られてきた雉鳴女という女性の神霊が
そういう勘違いをしてしまったのが問題であるらしい。
私もまさかあの王樹様と間違われるなど欠片にも思わなかったので勘違いは進行し、
中央の命令によって『モリト』の名を変えるよう言われた時も私の改名だと思っていた。
倭のイワレビコは切り札の八咫烏と互角以上に戦う王樹様を随分と畏れているようで、
名を変え、信仰が王樹様に向かないよう封じ続けたいと。
これに従えば、史書において中央が使わした神の一柱としてやる、と。
雉鳴女の話を聞くに、私が深く臣従している事が周辺地域の安定に必要なようで
従わねば再び矛を交え民を殺す事になるだろう、などと軽く脅迫してきた。
元々が中央の仲間だ、等と書かれるのは不快だったので、
後の世に間違いを正す事を約束に改名に従った。
私は王樹様を祀る者、社の人として名を『杜人』と改めた。
辛気臭い戦後処理も終わり、失われた時間を補うように急速に復興が続く。
鉄器文化は木材加工技術を飛躍的に上げた。
より大型の舟の作成も可能となり、漁業は再び発展の時を迎えている。
少々コストが高いが、鉄製の農具も作製して農業の効率化も図れるだろう。
幸いにも山犬のおかげでモリトの血筋は残り、
高度な技術を持つ者として国の再興を大いに担ってくれていた。
私の民はきっとこれからも大丈夫だ。
今日も私はいつものように山犬の背に乗り、ぐるりと国を観察し、杜人神社へと帰った。
あまりに遅くなると監視役の雉鳴女が良い顔をしないのである。
彼女はいつもピリピリした攻撃的な気配を隠そうとはしない。
私は言ってみれば敵国の王に当たるのだからしょうがない話ではあるのだが……。
山を登り、木々を掻き分け御社が見えてくると幾つもの気配がある事に気が付く。
漁民達が網を抱え境内で祈りを捧げていた。
それを前に雉鳴女が困ったような表情でこちらを見ている。
私が何事かと尋ねると、漁が上手く行くようにお願いに来たのだと言う。
舟で沖に出るのは死の危険が付きまとう。
大漁祈願よりは安全祈願のようだった。
……そのために、わざわざ山奥の緑深い神社まで来てくれた。
胸にありがたい気持ちが込み上げて来て
一も二もなくすぐさま私は応えた。
漁港に御社を築いてもらえれば、波の荒れる日はすぐに鎮めてあげる。
私の言葉を聞くや否や、彼等はすぐさま飛び出し山を降りていった。
きっと2、3日の内に簡単な御社が拵えられるのだろう。
分社を作るのは確かに考えていなかった。
交番や派出所のように要所へ置いておくと便利だろうか……。
思索に耽る私に雉鳴女が疑問の声を上げる。
いつになく鋭い視線はただの詰問でないと告げていた。
私も、真剣に答える。
「貴方は山の神ではなかったのか」
私は、山の神であったとは思っていません。
「貴方は海の神であるのか」
時と場合によればそうする事も出てくるでしょう。
「山犬に乗る神が海も治めると?」
民を守るため、治めては駄目なのですか?
私は相手の言い分にちょっと悩んでしまった。
神様は意外と『何とかの神』のように専業が多い。
複数を兼ねる神も多いのだが、この聞かれ方はおそらく、
『中央が海を治める神霊を遣わすからお前は大人しく山だけ治めていろ』
の意味で言っているに違いない。
思わぬ所で叛意と取られかねない発言をしてしまったか!
そう内心で慌てる私だったが、雉鳴女は優しく微笑んだ。
「私はどうにも貴方の事を見誤っていたようです」
「倭では荒ぶる野蛮な神であると伝えられておりました」
「真実は杜人の神は慈悲満つる賢神であったと」
鳴女の字に賭けて、誤りを正す事を誓いましょう。
……と、本来、私のお目付け役で上役でもある彼女が私に頭を下げた。
私は間抜けにも驚きのあまり立ち尽くしていただけだった。
それから、月が一回り満ち欠けを繰り返した後、雉鳴女は中央へと帰っていった。
あの質問の日から彼女は監視役にも関わらず私の仕事を良く補佐してくれた。
鳴女とは伝令を主に行う神霊の一族で、多種多様な経験から凡そ何でもできるらしい。
また手伝いに来てくれないかな、と私は凪いだ海に呟いた。
※中央の裁定による戦後処理。
※新キャラで監視官の雉鳴女が登場。
日本書紀ではお使いに行って胸を矢で射抜かれる悲劇な子。
※ユーザーページの活動報告にて杜人記の裏話を書いていたりしますので、
興味ありましたら覗いてやってください。