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もりひと……語られぬ神の話




歴史は時代の勝者が創ってゆく。


敗者が如何な戦いぶりを見せたとて温情なくば記されもせず、

記されたとて打ち破った勝者の引き立て役と消えてゆく。


私は(ヤマト)の東征軍と戦う前に敗北した。

そう、今から100年も昔の話だ。


……事は固まり始めた勢力圏の外縁部にある同盟国の近くに

所属不明の人間が大量に集まっていると山犬から報告を受けてから。


すべてはそこから始まった。







移民か、軍隊か。


判断が付きかねた私は、もしもの為にと祖霊と山犬を守りに送った。

再び帰ってきた報告は、悲惨極まりないものであったが……。




初めての接触はすぐさま戦闘へと発展し、祖霊達が我先にと襲い掛かったが、

炎熱を纏い金色に輝く巨大な(カラス)の神霊に散り散り追われ、例外なく喰われた。


霊的な守りを失ったその国は強固な鉄剣を揃えた兵士によって滅ぼされた。


イワレビコと名乗る敵の頭はその烏に守られている。




追撃を振り切って這う這うの体で逃げ切った山犬からそう報告を受けた時、

私は確実な敗北の訪れに溜め息しかなかった。


なるほど、八咫烏(ヤタカラス)とは大物が出てきたものだ。


私はさほど日本神話には詳しくなかったが、

八咫烏の簡単な云われくらいは知っている。


神の先触れ。


勝利の導き手。


太陽の力を宿す者。


神武東征の折、倭の軍勢を先導し荒ぶる神々を治めたとされる神鳥。

揃えられた鉄剣は建御雷神(タケミカズチ)に譲られた太刀の話だろうか。


何にせよ、私の意地や我侭で民を巻き込む訳には行くまい。


私の霊力は精々が山犬より少し高い程度。

これほど手痛く山犬が負けたのならば勝ち目などなかった。



すぐさま臣従を伝えるべく赴いたのだが……、

イワレビコは突然私に八咫烏をけしかけたのだ。



土地を治めていた神や霊の地位を奪い取り支配を磐石にしようと行われた凶行。


足を潰され、腕を千切られ、目を焼かれ……。


消滅を覚悟したその時、間一髪で私は山犬に咥えられ、

王樹様の下で回復の為に永い眠りへつくことになってしまった。



目が覚めたのは、戦いに敗れてから50年後。







王樹様と山犬から顛末を聞いた時にはもう、全てが終わっていたのだ。


倭の軍勢はその規模を維持する為の略奪が必要で、

走り続けなければ壊滅しかねない状況ゆえに食糧の略奪と各部族の虐殺が行われ、多数の村が滅んだ。


勢いは止まらず、モリトの国の深部まで侵し、地獄絵図だったそうだ。

その間、山犬は出切る限りモリトの血筋を王樹様の御許へ避難させていた。


倭の軍勢はモリトの国を治める神を服従させるのが目的。


私はどうやら弱すぎた為に勢力の大きい『モリト』本人だとは思われなかったようで、

絶大な力を持つ王樹様がモリトと間違われ、荒ぶる神 対 荒ぶる神の戦争が始まった。




己を熱心に信仰していた配下を殺されかけた王樹様は、

普段の温厚さが嘘のように烈火の如く怒り、八咫烏に引けをとらなかったという。


大地そのものと化した王樹様を八咫烏は負かす事ができず、

王樹様もまた、天を自在に舞う八咫烏を負かす事ができなかった。


これに慌てたイワレビコは矛をおさめ和睦を願い出、

モリトは従うが強行な支配は受け付けぬ、と纏まったのだ。


こうして実質モリトの国は滅びを迎え、倭へ併合された。




ここで終われば良かったのだが、悪いことは続く。


神々の戦いは王樹様に深い傷跡を残していった。

溢れる生命と神秘を全力で振り絞る行為に樹木の身体が耐え切れなかったのだ。




後、十年もすれば枯れ落ちるだろう、と。


いつもと変わらぬ優しい雰囲気で私に伝える姿に涙した。




気まぐれに雨を降らしてやったあの日から欠かさずお前は感謝を述べた。

理由があるとするならばそれだろう。




……いつもと、変わらぬ優しさに、私は涙したのだ。


己を慕ってくれたというだけで、同格以上の神鳥に挑みまでして。

王樹様はただ熱心に礼を尽くしただけの人間の霊に、命を掛けてまで報いてくださった。


貴方の高潔な魂に何をして上げられるだろうか。

私がそう尋ねると王樹様は静かに命を溢れさせた。




失われるモノを受け継いで欲しい。


そうして王樹様と私が混ざりあっていった。







それから更に50年が経ち今に至る。


私に叛意は無く、私が従うのならと周囲の国や村も大和に恭順を示し、戦乱は終わった。


そして、神に比する力を受け継いだ私は、再びモリトの民を豊かにするために働いている。

昔よりもずっと強くなった霊力は畑を作るも港を作るも自由自在だ。

鉄器による農業器具の発達や建築技術の発展も始まり、新たな時代が始まった。


誰もここが敗者の国、滅び去った国だとは思うまい。


私は、山の奥深くに建立させた社へと向かう。







私は守るべき者も守れぬ情けない守人(モリト)であった。

そんな私よりも遥かに偉大な『モリト』を祀る為の神社。



(モリ)の王であり、ただ人の私に代わり、民を守ってくださった王樹様。



杜人(モリト)を祀る神社に、感謝を込めて頭を垂れる。


私はこの祈りをこれからも欠かさず続けていくだろう。




※モリトの国、滅びる。

※王樹様が代わりに守人(モリト)として戦い凌ぐも無理がたたり、主人公に力を託し消える。

 託されたものは高潔さ。

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