杜人閑話……藤井教授講義『古の大国』
「はい、では今日の講義を始めます」
「え~、先週は『杜人神語』の代表的なエピソードを幾つか現代語訳してもらいました。
突然、古文を訳せと言われ、君達は何故これに触れたのかも判らなかったと思います。
実はこの『杜人神語』は近畿地方南部において非常に貴重な歴史的、文化的資料であり、
君達も名前だけは知っているだろう『古事記』や『日本書紀』に比するものなんです」
「え~、杜人神語はある土着神を中心にした説話集です。
土着神というは、簡単に言えばその土地に昔からいる神様だと思ってください。
有名所だと、長野の諏訪大社なんかは御左口様と呼ばれる土着信仰があります。
諏訪大社の祭っている神は別なんですがそれは……っと話がズレましたね」
「それで、その土着神は『杜人綿津見神』と云います。
君達に馴染みのある言い方だと、和歌山合神祭で祭られている神様です。
あれは冬季オリンピックと同じ年に毎回テレビでニュースに取り上げられていますからね。
実は私も毎回参加しているんですよ。いやぁ~、神渡り神輿は幻想的で良い」
「この神様が人間と、どの様に関わったのかが書かれているのが杜人神語です」
「現在『雉草子』『鶫草子』の二巻が知られています。
杜人神社に原本があり、天皇の宝物を治める正倉院、紀伊徳川家でその写しが発見されました。
平安時代の前期に書かれたのが『雉草子』で、『鶫草子』は平安後期以降ですね」
「っと、そういえば、神様についてですが、実在したのではないかと言われています。
おっと、別に宗教の勧誘だとかじゃありませんから、そんな風に引かなくても……」
「古事記、日本書紀などにも神様が沢山でてきますが、
これら日本神話の神様はその土地を支配していた豪族であると考えられています。
つまり、日本神話は大和政権を築くに至った征伐の記録でもあるのです」
「杜人綿津見神はその中でもかなり特殊な書かれ方をしています。
古事記の記述では神武東征、今の奈良へ大和の軍勢を進めた際に最大の壁となっています。
今まで通り道の荒ぶる神、つまり豪族達は全て臣従させる事ができたのですが
なんとっ、杜人綿津見神だけは最後まで引き分けであったと記述されているんですよ」
「古事記、日本書紀は時の天皇が己や部下の系譜を明らかにするために作られています。
つまり中央政府に都合の良い歴史を創作したりして書いている可能性が高いのです」
「その中であっても、
汚点になりかねない引き分けの事実を記述していることから、
実際は手痛い敗北を受けたんじゃないかと想像ができます」
「このことから、大和に匹敵する巨大な国家が存在したのでは、と
私を含めた日本中の民俗学者、歴史学者はその痕跡を探していたりするんですよ」
「そして杜人神語は中央ではなく、杜人綿津見神が治めていた国側の視点で
つまり神武東征によって攻撃を受けた側の記述なわけです」
「一方だけでなく、違う視点から眺める事で歴史の真実により近づく事ができる」
「この事から杜人神語は歴史や風俗の大きな手掛かりとなるんです」
「ほら、想像してください。
歴史の影にあった古の大国……
そこには素晴らしい浪漫を感じませんか?」
「実はその証拠となるのか今学会で議論されている物があります」
「え~、この三角形の中にちょんちょんと線を入れたこのマークなんですが、
これ、杜人綿津見神のシンボルマークです。
三角が山を表し、この線が眷属の山犬の牙を指しているとされています」
「先日、私も参加した古墳の遺跡の発掘作業中に、このマーク付きの石版が出土しました。
実はこの地域の古墳からもマークの刻まれた石版が出土しています。
これはつまり杜人綿津見神の支配領域の広さを表しているといえるでしょう」
「支配下にある部族が全て所持しているマーク……ここから何か想像できませんか?」
「……そう、そうです!
このマークは国旗に相当するのではないか、と学会が熱くなっているわけです」
「……ん~、っと、あぁ、今日はもう時間がないか……。
今日はここまでにしておきますが、次回から杜人神語を通して
古墳時代から平安に掛けての風俗などに触れていきたいと思います」
「興味がある人は研究室まで来てください。
好きなだけ語ってあげます」
「それでは、本日の講義はここまで」
※あのマークは現代においてどうなったのか。
※正規順でお読みの方は、お祭りについて何の事かと思いますが、
後で触れますのでそちらまで到達したあと、もう一度この話を
読んで頂くと良く判ると思います。
※杜人神語について。
ゆるゆる独自設定塗れなので成立年代とか深く触れないでください(汗)
※藤井教授は実在の人物ではありません。
なお、この物語に三只眼吽迦羅は出ません。