はじまり……霊魂となるまで
男は初めのうちは何かの冗談だと思っていた。
気がつくと見た目原始時代真っ盛りだったからだ。
歴史の資料でしか見たことがない藁束でこしらえられた住居。
畑とも言えないような畑のある、海と山に挟まれた小さな集落だ。
男は、10数人規模の小さな集落にポツンと置き去りにされていた。
21世紀の日本で生まれ、何不自由なく、大学に学び、ソコソコの会社で働き、妻は無く童貞ではあったものの、趣味のダーツだったり日曜大工だったりと充実した生活を送っていた者が、突然まさに自給自足の極みであった時代へと送り込まれたのだから当人の混乱は推し量るまでもなかった。
何故この場にいるのか理解できずとも現実にあるのだから仕方が無い。
飢えや嵐、種々の疾病など命の危険が常に付き纏う時代は過酷であった。
それでも男は逞しく適応し、妻を娶り、一生を終えた。
狩りの腕前はからっきしではあったが、男は男なりに皆を救う為に生きた。
日曜大工で培った知識から高床式の食糧庫を造って物持ちを良くし、
土器だって誰よりも上手く創る事ができた。
病気対策として糞尿は決まった所に捨てさせるようにし、
海水から塩を作って生理電解水もどきを作り下痢などの回復剤とした。
他の男衆が狩りに出掛け無防備な村を獣避けの柵や鳴子で守るなど裏方として奮戦した。
そういった功績が長老に認められ長の娘と契った。
そうして認められて以来、倫理観の薄い時代だったからか、集落の女全員とも契り、子を為した。
もっとも、それぞれが誰の子かは分からなかったが生まれた子は全員の子である。
村は徐々に賑わいを増していったのだ。
現代では考えられないほどプリミティブな生きる行為は
男にとって素晴らしい人生をもたらしたのだった。
もっと彼らを守りたい。
永く幸せでいて欲しい。
現代知識を持つ自分がいるのならば仲間の子孫を助けることができるのに……。
そう皆の幸せを祈りながら死んだ。
おそらく40年以上は生きただろう。
この時代からするとかなりの長寿である。
男の遺体は男の指示通りに火葬され灰となり空へ溶けていった。
物語はここからようやく始まる。
死んだはずの男は、精神だけの存在となって生きていたのだ。
後の世に杜人綿津見神と呼ばれる土着神が誕生した瞬間であった。