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【連載版】聖女様、夫は返していただきます【コミカライズ進行中】  作者: 蟹子


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7.赤狼、茹だる


 

「っはあ、暑かった!」


 屋敷に戻ったステラは私室で兜を脱ぎ去ると、ばさばさと赤く豊かな髪を振る。


「セリウスめ。こんな古臭え重い鎧を選びやがって!フルプレートにしろ、もうちょっと軽そうなやつがあっただろうが!」


 彼の地下庫には山のように鎧が溢れていたというのに、セリウスはステラが手に取った軽く薄いものを却下し、“安全第一”とひとこと言うなりこの昔ながらの重い鎧に決めてしまったのだ。

 おかげで動きにくいわ、汗がこもって蒸れるわ、前は見えないわ、ステラにとっては良いことナシなのである。


「くっそめんどくせえ、なんなら革鎧ならよかったのに」


 パチンパチンと留め具を外し、ガランガランと鎧を地面に脱ぎ落としていく。

そうしてようやくぴっちりとした黒の肌着だけとなったステラは、あ“ーっと淑女らしからぬ声を上げてベッドへ仰向けに倒れ込んだ。


 すると同時にガチャリと扉が開かれる。


「ステラ、君の御父上からの援助の件だが...」


 手元の書類をめくりながら現れたのは、すっかり返り血を落とし、衣服を整えたセリウス。


「なんだよ?この前散々“お話して差し上げた”から充分搾り取れただろ」


 ステラは寝転がったまま、彼を見もせず気だるく答える。それを受けたセリウスも書類に視線を落としたまま、「ああ、その件だが」と頷いた。


「水路拡大への寄附の額が気になってな。流石に桁が違うのではないか?」


 じっと書類に目を凝らして尋ねると、ステラはあはは!と笑って答えた。


「いーーや、優しき養父殿は家族に清貧を教えてくださったおかげで貯えておられる。存分に毟り取るがいい」


 つい先週、懐かしき我が家に赴いて「その節はお世話になりましたわね」と挨拶してやった時のあの青ざめた顔。今や小娘の方便ごときで頭も上がらず、こちらの無理難題に頷く姿は実に痛快だった。


 ステラは目を瞑って、思い出し笑いを噛み殺す。

セリウスも「娘思いな御父上だな」と含んで笑うと、ふと書類から顔を上げた。


 目の前には脱ぎ捨てられた甲冑。ベッドの上には、肌着だけで仰向けになる妻。

セリウスは「おや」と口元を綻ばせた。

 そして彼は今までの話がどうでも良くなったとばかりにばさっと書類を机に置いて、ステラの側へと歩み寄る。


「肌着だけとはずいぶんと挑発的な姿だな。まだ夕食前だというのに仕方のない...」


 セリウスはベッドの端へとゆっくり腰掛けると、シーツにふわりと広がった赤い髪を優しく掬う。

そのまま彼はごく自然な動作で、指に絡ませた髪を唇へと当てる。

小さく落とされる口付けの音。


「ひいっ!?」


 すっかり気を抜いていたステラは悲鳴に近い声を上げてばっと跳ね起きる。そして慌てて彼から後退りした。


「で、出たな“妙な雰囲気”...!!堅物だったくせに、どこで覚えて来たんだその所作は!」


 ぎゅっと肩をこわばらせ、ステラは身を引いて距離を取る。セリウスはくすりと笑うと、彼女を追い詰めるように身を近づけた。


「俺はしたい様にしているだけだが。君の髪は柔らかくて触れたくなる」


 再びふわりと髪を撫でて微笑む彼に、ステラはかあっと顔を赤らめてますます身体を強張らせる。


「よ、よくもシラフでそんな台詞を...!甘ったるい声をやめろ!怖気が走る!嫌がらせか!!」

「嫌がらせとは心外な。妻を愛でて何が悪い」


 笑うセリウスの長い指は、するりと耳から首筋へと撫で滑る。ステラはぞくぞくっと背を震わせて、慌てたようにぎゅっと目を閉じた。


「ううううやめろ、訳のわからんことをっ!!首元に顔を埋めるな匂いを嗅ぐな、ひいッ!?息を吹きかけるな!!!」

「君は実況が上手いのだな」

「ぶっ殺すぞ!!」


 シーツを固く握りしめて怒鳴るステラに、セリウスはますます楽しげに金の瞳を細めた。


「相変わらず君は触れ合いを拒むな。もしや前世は経験もナシか?」


 必死に噛みつきながらも真っ赤に染まる妻が可愛らしい。セリウスは余裕の笑みを浮かべながら答えを待つ。


「はあ!?あたしは長だぞ、お前の10倍はあったわ!」

「ぐっ」


 予想外の返答にセリウスは胸を抑える。

そしてしばらく黙って衝撃をいなすと、誤魔化すようにごほんと咳払いをした。


「...ならどうして拒む?俺を“欲しいもの”だと言ったのだから、嫌うわけではないのだろう」


 するとステラは、「それは...」と言いづらそうに唇を噛んで、気まずそうに視線を右下に落とす。

それから彼女にしては珍しく、聞き取れぬほど小さな声でぼそぼそと言葉を溢した。


「...そういうのは、...無かったからだ」


 彼女の声を拾うために近づくと、ステラはなお視線を合わせないように俯いてしまう。


「...長は優れた血の器。数を産む為、一人に入れ込む色恋は御法度だ。だから、その、なかった。恋人らしい触れ合いなんぞ、今世の歌劇の物真似だ」


 セリウスは聞き取ったそれらの言葉に動きを止める。そしてまじまじと彼女を見つめて、ようやくこれまでの反応が腑に落ちた。


 初夜は平気でこなす癖に、甘い空気をやたらと拒む。口付けを逃げまわり、こちらを全力で殴りつけるほどの過剰な照れ方。

 

 つまりこの女は、あれほどこちらを坊やだなんだと笑っておきながら——恋愛については全くうぶなのか。


 目の前で気まずそうに縮こまる妻の姿がこれ以上なくいじらしい。セリウスは思わず口元を押さえた。


「...そうかそうか。なるほど、そうか」


 耐えきれずくつくつと肩を震わせると、ステラはカッとさらに赤くなって拳に力を込めた。


「何がおかしい!演技ではちゃんとやってやっただろうが!別にそんなもの無くても子は作れるし問題はない!!」


 思い切り怒鳴った瞬間、ステラの視界がぐらっと揺れる。

はっと見上げれば、熱の込められた金の瞳に、さらりとしなだれ落ちる艶やかな黒髪。


「問題がない?いいや、大問題だ」


 セリウスが妖しく微笑み、部屋の空気が急に粘度を増す。


「ひゅっ...」


 思わず息を吸って硬直するステラの頬に、セリウスは愛おしげに触れる。火照る肌へとうっとりと瞳を細めると、くすぐるように低く囁いた。


「ちょうど君は先ほど言っていたな。“全身の血が沸きたつような快感”が足りないと」


「っ...いやそれは戦の...」

「君が言ったのだろう」


 くい、と顎を取られ、否応なく視線が絡め取られる。セリウスは不敵な笑みを浮かべた。


「妻が満たされていないのは夫の落ち度。ならば妻の望みは夫が叶えてやらねばならない。そうだろう?」

「へ...?」

「なに、遠慮はするな。君に向ける私情ならいくらでもある」

「あ、え、う...」

 

 逃げ場もなく淫靡な雰囲気で畳みかけられ、ステラの目は泳ぎ、どんどんしどろもどろになっていく。


「今世がつまらんなどと、二度と言えぬようにして差し上げよう。...君の知らない全てをもって」


 セリウスは捕らえた彼女の顎をそのままに、仕上げとばかりに微笑んだ。


「っ...!!!」


 途端にステラはぼわっと指の先まで赤く染め、目を逸らせないまま息を飲み込む。

顔から湯気を昇らせて口をぱくぱくと動かす姿は、普段の気丈さもどこへやら。


「君は、実に可愛らしいな」


 口付けを拒む気力など、もはや残っていなかった。




————



 そして翌日。

討伐に向かう辺境の騎士達の視線は、またしても前方を歩く赤狼の背へと注がれていた。


 ぎっ、がちゃん


 ぎっ、がちゃん


 中身が別人なのではないかと思うほど、その動きはぎこちなく、一歩一歩がおかしな挙動。

普段のふてぶてしさが嘘のように、足と手が揃って出る様はゼンマイ仕掛けのおもちゃのようだ。 


 加えて甲冑の隙間からは絶えずしゅうしゅうと湯気が立ち上り、極寒の雪原で一人だけ異常な熱を発している。


(なんだあれ)

(中で火でも焚いてんのか)

(もはや歩く狼煙(のろし))


 原因はどう見ても、隣で“してやったり”とばかりに唇の端を上げた辺境伯。

詳細はわからないまでも、早朝から茹だる奥方の理由なんて、口にするのは野暮というものである。


 するとセリウスが振り返り、にまりと微笑んで手を差し出した。


「歩き辛そうだな。手を貸そうか、赤狼殿」


「 さ わ る な ッッッ!!!!」


 勢いよく鎧の隙間からしゅーっ!!と湯気が噴き出して、女の怒鳴り声が雪原に響いた。




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