5.断罪劇と恋愛劇 ※短編の本編はここまで
姫君は勝ち誇った笑みを浮かべると壇上に立ち、高らかな宣言と共にステラを見下ろした。
「ステラ・バラルディ!貴女は北方蛮族の血を引きながら、我が王国とその聖騎士、セリウス・ヴェルドマンを騙して婚姻したわね!」
「我が国に憎き蛮族の血を受け入れるなど、許されるべきではないわ」
「王国の姫、そして聖女の名をもって、彼女の卑劣な行いをこの場で罰します。この罪は極刑に値するわ!」
聖女は右手の甲に記された聖女の印を、高く天に掲げて言い放つ。
「衛兵!彼女を捕えなさい!」
瞬く間にステラは待機していた衛兵達の手で乱暴に捕らわれ、広間は貴族達の大きなざわめきが波となって響いてゆく。その中心に立つのは正義感に溢れた、聖女の清廉な微笑み。
———待ちかねたぞ、聖女め。
ステラは息を吸って目を瞑る。
そしてエメラルドの大きな瞳に涙を溜めた彼女は、兵士たちの腕の中から、必死に身を捩ってセリウスへと叫んだ。
「ああ、ごめんなさいセリウス!!わたくしがこんな紛い物の血であった為に!」
ここで聖女に噛み付いてはいけない。
あくまで“血を偽った己が悪い”と一段下げる。
「けれど、誓ってこの愛は本物よ!たとえ命を失おうと、あなたをずっと愛しているわ...!」
永遠の愛は不変のテーマだ。
死が加わればなお良しである。
衛兵に腕を引かれながら涙を流すステラに、セリウスも駆け寄って縋り付く。
「やめてくれ!罰するなら聖騎士の身でありながら、愛を夢見た愚かな俺だ!どうか彼女を返してくれ!」
自分を罰せと己を差し出し、聖騎士の建前の裏を明確に覗かせる。禁断の望みは悲恋の後押しだ。
セリウスは兵士達に引き剥がされるのを物ともせず、彼女の手を取り、固く握り合った。
「ああステラ、俺も誓おう!君が何者であろうとも!たとえ血の禍根があろうとも、ただ君ひとりが俺の妻だと!」
誓いは騎士の本分である。騎士道はロマンスを、血の禍根は因縁を超えた“真実の愛”を想起させる。
無理矢理兵士に引き離されて、伸ばされたステラの手からするり、とセリウスの手が抜け落ちた。
さあ、場は整った。畳みかけよう。
「今世で結ばれることが叶わないなら!きっと来世で君を探そう...!」
「ええ、セリウス!きっと、きっとよ...!」
迫真の叫びは誰の胸にも強く響き渡る。
その場にいた貴族達は心中を誓う夫婦の言葉に肩を震わせ、唇を噛み、次々に耐えきれず涙を溢した。
「あれほど愛し合う二人を引き裂くなんて!」
「因縁を捨ててまで結ばれたというのに...!」
「蛮族とて、処刑はやりすぎだろう!」
「酷い、こんなの...、あんまりだわ...!」
両開きの重い扉が開かれ、静かに涙を浮かべたステラが引き込まれていく。
二人にはもう言葉は要らなかった。
セリウスは膝をつき、遠のく彼女と見つめ合う。
まるでこの先の運命を“死ですら共に”と言わんばかりに。
扉がゴン、と鈍い音を残して無情に閉じられた。
セリウスは言葉もなくゆっくりと立ち上がる。
そして振り向くと、炎のような憎しみを込めた金の瞳で聖女をぎらりと睨みつけた。
「ひっ...!」
聖女は深々と突き立てる剣のような彼の視線を受けると、思わず後ろによろめいた。
そして彼の表情に不思議そうに首を傾げて、震えながらゆっくりと歩み寄る。
「どうして、そんな顔をするの...?セリウス、貴方はわたくしの騎士でしょう?あの女は貴方を騙していたの。わたくしが救ってあげたのよ...?」
姫君の言葉が空虚に響く。
そして、同時に全員が理解した。
己の醜い肉欲を大義名分で塗り替えておきながら、真実の愛を引き裂く偽りの正義。
乙女の姿を模る、最も邪悪で、傲慢な“悪”を。
会場に満ちた貴族達はそれぞれにため息をつき、扇子を閉じ、拳を握り———
———最大限にまで膨れ上がった憎悪と嫌悪のまなざしを、この国の聖女へ一斉に突き刺した。
「っ...」
姫君が声なき悲鳴をあげて立ちすくむ。
同時に手の甲に記された聖女の印がパキン、と音を立てた。
「どうして、どうしてそんな目で見るの...?正しい事を言っただけじゃない...」
「ひ、姫様、聖なる印が...!」
狼狽えるばかりの姫君の側に立つ騎士が、慌てて声を上げる。姫君は「え...?」と小さく空に声を残して、自らの手へと視線を落とした。
その手に記された聖女の証、女神の力。
白く輝く紋章は跡形もなく消え失せていた。
そう、初めからこれを狙っていたのだ。
「女神から賜った聖女の力、それは選ばれし姫殿下が民からの信仰を受ける限り続くもの」
「この事実は王族と聖騎士達にのみ知らされることであり、そのため騎士達は日々姫君の功績作りに勤しんでいる」
あの日の初夜のベッドにて、セリウスは聖女の力の根源をステラに告げていた。その時点ではただの、己では到底覆せないものとして諦めを含んだ告白。意味のない事実のはずだった。
だが、いまこの時。
姫君自らが貴族達を大盤振舞いで呼び込んでしまった王城内で、彼らの信仰は憎悪へ変わり、跡形もなく崩れ去ってしまったのだ。
「うそ...」
呆然とした姫君は印の消えた手の甲を撫で、二度、三度とさする。そしてじわじわと滲んだ焦りが回り切ったのか、額にぶわりと汗を浮かべるなり必死に掻きむしった。
「嘘、嘘よ!!消えるなんておかしいわ、私は女神に愛されてるの!ありえない!戻って!戻りなさい!!」
理性を欠き、もはや体裁を弁えずしゃがみ込んで喚き散らす姫君。その場の侮蔑の色が一層濃くなった。
「もうよい!姫を下がらせよ!!」
国王は狼狽しながら王座から立ち上がると、慌てて騎士達の手で暴れる姫を大広間から下がらせた。
「こっ、これは!姫の戯言じゃ!姫はまだ若く正義感も強く、難しいことがわからぬから...!撤回、撤回!ステラ・バラルディの処刑を撤回する!」
「何をしている!はよう彼女をここへ連れ戻せ!!」
ガチャガチャと鎧のぶつかる音を立て、衛兵達が扉の奥へと駆けていく。そして、衛兵の手に引かれるよりも早く、駆け寄ったステラがセリウスの腕の中に飛び込んだ。
「ああ、セリウス...!」
「もう君を離すものか...!」
お互いを確かめ合う夫婦の姿に、貴族達は歓声を上げて喝采し、熱い涙を頬に伝わせる。
涙を流すフリをしながら、互いにくつくつと笑いを堪えていることなんて知る由もない。
そしてその喝采がようやく止んだのち、二人は王に向かって恭しく跪いた。
しん、と静まった大広間。
セリウスは顔を上げ、ゆっくりと王へ口を開いた。
「妻へのご慈悲を感謝いたします、国王陛下。しかしながら、私達がこのことを国に黙っていたのは覆せぬ事実」
「臣下が王家を騙すなどと、決してあってはならないこと。己は自らの欲のために高潔さを失い、もはや聖騎士に相応しくありません」
「どうかしがなき辺境へと、罪に沈んだ我が身をお戻し下さい」
セリウスが深々と頭を下げ、ステラも涙の乾かぬ睫毛を閉じ、同じく深く頭を下げた。
国王はほっと安堵したような面持ちで、なんとか喉の奥から言葉を紡ぎ出す。
「そ、そうか、ならば聖騎士を剥奪し、そなたを再び辺境伯の身分へと降格する!これにて今回の夜会は閉会じゃ!ほら閉会!よいな!」
そうしてこの断罪劇の混乱は、激しい熱狂として貴族の心をかき乱したまま強引に幕を閉じられた。
その後、渦中の二人は社交界から惜しまれて姿を消した。だが信仰の潰えた姫君の力は、未だ失われて戻らない。
次第に意味をなくした聖騎士は解体されるものの、彼らのその後の噂も決して良いものではなかった。
北の辺境では、領に戻ったヴェルドマン辺境伯が魔物の討伐に華々しい戦果を上げているという。
そしてその傍らで、名も知れぬ騎士が背を支えた。
腰までの黒髪と外套を翻し、魔物を屠る辺境伯の隣。銀の甲冑に身を包み面頬を深く下げた騎士は、最後の魔物を斬り伏せると血飛沫の中で怒鳴り声を上げた。
「なあ、この甲冑重いんだよ!あっついし前は見えにくいし!」
「声が大きい。戦に出れなくなるぞ辺境伯夫人」
「うるっせえこんな口調の夫人がいるか!ってうわ!?」
隣からいきなりぐっと腕を引かれ、よろめいた彼女を側に引き寄せる。
「君は意外と隙が多いな。今世では早死にしてくれるなよ」
兜の下から飛び出た赤毛をそっと押し戻して、セリウスは金の瞳を甘く細めた。
「っ...、とっとと我が平原を取り戻すぞ旦那様!」
「愛しき妻の為ならなんなりと」
おまけSSは短編用でしたので、連載版では削らせていただきます。




