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【連載版】聖女様、夫は返していただきます【コミカライズ進行中】  作者: 蟹子


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49.門出




 そしてあっという間に一週間後の朝が来た。


 ついに当日。いよいよだ。

セリウスは腕の中で無防備な寝息を立てる妻を見て、ごくりと静かに固唾を飲み込む。


 ルカーシュ達に乗せられて花嫁衣装を仕立てさせたものの、本人に着る気がなければ意味がないのだ。

 今まで仕立てたドレスは夜会用であれ普段着用であれ、ステラの希望でそのまま選んだ物しかない。果たしてこの言うことを聞かない妻が、己の希望をまともに聞いてくれるのだろうか。


「んん...」


 差し込んだ朝日にステラが身じろぎし、ゆっくり睫毛を瞬かせる。エメラルドの瞳がこちらを捉えると、彼女は「せりうす」と寝ぼけた声を上げた。


 溶け切った声で呼ばれるだけで頬が綻ぶ。

思わずにやけてしまうのも隠しきれずに、セリウスは彼女の額に触れるだけの口付けを落とした。


 そんな仕草にもすっかり慣れたステラは、くあ、と大きなあくびをすると、起き上がって「んん〜〜〜!」と伸びをする。セリウスはまるで猫のような彼女にくすりと微笑むと、ベッドから足を下ろす。彼は枕元にあった夜着を纏って立ち上がった。


 クローゼットから目当てのものを取り出すと、まだ寝癖を跳ねさせた妻をちらりと見る。

そしてセリウスは意を決すると、彼女の膝の上に“それ”をばさりと広げて見せた。


「贈り物だ」


 ぶっきらぼうに伝えられ、寝起きのステラは目を丸くする。


「なんだ急に。珍しいな...」


 彼女は膝の上の布を持ち上げる。

そして目の前に広げたそれが何かを確かめるや否や、ぱあっと目を輝かせた。


「これ...あたしの服か!?Alishka(アリーシカ)じゃないか!嘘だろ、どうしたんだこんなの!」


 セリウスはその反応にほっと息をつきながら、彼女の側に腰を下ろす。


「そう呼ぶのか。ルカーシュから“せっかくの祝いの席だから特別な装いはどうか”との提案を受けてな。屋敷の文献を参考にさせたので正しいものかはわからないが」


「そうかあ!すごく良くできてる!なんでか真っ白だし刺繍の意味はぐちゃぐちゃだが、形はそのまんまだ!」


「...色まではわからなかった。それより、刺繍には意味があったのか」


 ここで“花嫁だから白だ”なんて言ったら、照れて着なくなる未来しか見えない。セリウスは適当に誤魔化して話題を移した。


「うん、刺繍は祈りの言葉なんだ。健康であるように、落馬しないように、矢が上手くなるように、獲物がたくさん取れますように、なんて事を女達が縫ってくれるのさ」


 ステラは懐かしむように言いながら、意味の通らない模様となった刺繍を撫でる。

しかしまさか、もう見ることすらないと思っていたこの服に今世で触れることができるなんて。

ルカーシュに会ったら礼を言ってやらなくては。


「よし、早速着よう!今日はドレスなんか着てやらないぞ!」


 にかっと笑って服を抱きしめたステラに、セリウスは内心で拳を握りつつ「そうしてくれ」と微笑んだ。



・・・



「わあ!いい!すごくいい!これだ、まさにこのままだ!」


 ステラが嬉しそうに鏡の前で“アリーシカ”を着た自分を見ながら声を上げる。

くる、くる、と前と後ろを確認し、「懐かしいなあ!」なんて笑う様はご機嫌そのもの。

眺めるセリウスの頬はすっかり緩み切っていた。


「そうか、気に入ったか」


 彼は喜ぶ妻に瞳を細める。

ふわふわの真っ白な毛皮、揺れる銀の飾り。

豊かな真紅の髪とエメラルドの瞳が際立つ、華やかで凛とした立ち姿は想像以上に美しい。


「俺の妻は、何を着ても似合うのだな」


 思わず彼が呟けば

「当たり前だ!これが似合わないわけないだろう」

と勝気な言葉が返ってくる。

それがまた愛おしくて背中から抱き寄せると、妻は楽しげに笑い声を上げた。


 ルカーシュ、お前の作戦は完全に正しかった。流石は策略家、軍師の才と言ったところか...。

 なんて幸せな気分で抱きしめていれば、ステラはぱっとセリウスを振り向いて笑顔を向ける。


「じゃあせっかく懐かしい服に着替えたことだし、朝飯の前に羊を捌こう!血抜きは早めがいいからな!」


「は?」


 思わず固まったセリウスだが、ステラは「よし!」と頷くなり、とん!と彼の胸を押して腕の中から飛び出した。


「六頭ぶんとは腕がなるなあ!見てろよ、あたしの皮剥ぎの素早さを!ものの5分でまるっと裸にして中身を綺麗に取り出してやるからな!」


 自信満々に言い切った彼女は扉を開けるなり、ずんずんと廊下を歩んでいってしまう。

セリウスは慌てて彼女の後を追いかけた。


「待て、その白い服で羊の解体をやるつもりなのか!?」

「アリーシカは羊の血で染めてこそ!一人前の男の証だ!」

「お前は男ではないだろう!いや違う!!待て、待たないか————!!!」




————




「気をつけて運べよ!もっと右、いや左だ!」

「おい、椅子は何脚必要なんだ?」

「とにかく並べられるだけ出してこい!足りんやつは立たせろ!」


 昼を迎えた庭園に、賑やかな声が投げ交わされる。


 柔らかな春の日差しの中。

いよいよ宴会も始まりを待って、イズラールや騎士達の手でわいわいと木のテーブルが並べられていく。


「はいはいどいて!空いてる人はお皿を並べて!」

「ジョッキはこちらに。全員に行き渡るように端まで送って、はいどうぞ」


 イリーゼの手で花々で飾られた食卓は華やかで、ラウール達家令によって次々に木皿やカトラリーがずらりと並べられていく。


「料理が来たぞー!!大皿の場所を開けろーっ」

「ぼさっとするな!どんどん並べていけ!」

「あちち!どけどけ!ほらそこに置くぞ!」


 屋敷の料理人達は久々の宴会の為に腕を奮い、豪勢な料理がテーブルの上を埋め尽くす。

たっぷりのバターを使ったパイや、にしんの燻製とクリームを纏わせて焼き上げた芋、欠かせないのはライディルの塊肉。

 エールとワインを満たした樽も次々に庭に運び込まれ、なにより酒を楽しみにしていた騎士達がおおっと歓声を上げた。


「宴なんていつぶりだろうな!」

「三年前の戦終わり以来じゃないか?あの時は訓練場を使ったが、まさか庭にご招待いただけるとは」

「今回は随分違うなあ。前も酒とご馳走は出たが、もっと男臭くて飾り気もなかった」

「やはり華があると変わるものだなあ」


 騎士達は浮き立った様子で口々に声を上げると、せっせと働くイリーゼに微笑ましい視線を送る。


「はあ、実にいい変化だ」

「全くそればかりは言えている」


 いつだって怪我をして帰った医務室には熊のような軍医がずんと待ち受けていたというのに、今や可憐な少女が「お帰りなさい!」と笑顔で迎えてくれるのである。

 イリーゼはまだ見習いでありながらすでに彼らの癒しとして大活躍し、強面の男達から娘のように可愛がられている。


「ねえ、兄さん。もっとこっちには赤い花があった方がいいかしら」

「イリーゼが思うようにしたらいいと思うよお♡」


 今となっては、イズラールが甘くなるのも頷ける。

花籠を抱えた少女らしい姿に、騎士達は揃って目尻を下げた。


「おう、お前ら!盛り上がってるなあ!」


 そんな彼らを裏切るように豪快な声が響き渡る。


「待たせたな!」


 現れたのは笑顔の眩しい奥方様。

騎士達は主役の登場に歓声を上げかけて、はた、と目を丸くした。

 

 奥方様が自慢げに担いでいるアレは、一体なんだ。


「宴会には羊と決まっているだろう!喜ぶがいい!お前らのためにたんまり焼いてやったからな!」


 彼女の肩にずっしりと担がれたのは、串刺しとなった羊の丸焼き。


 その堂々たる立ち姿たるや、まさに“蛮族”。


 たしか、奥方様は花嫁衣装で現れるのではなかったか。

“旦那様の為に結婚式をやり直させる”なんてロマンチックな話をイズラール達から聞いていた騎士達は、予想外の光景に目を点にした。

 

「いやなぜ羊」

「しかも大量」

「何か勘違いをしておられるのでは」


 確かにステラは見慣れぬ白い衣装を纏ってはいるが、ジェンキンスによってガラガラと運び込まれる大量の羊の方が目立っているし、何故だか彼女の隣のセリウスはすっかり疲れ果てている。


 それもそのはず。

セリウスは純白の花嫁衣装で羊を捌こうとする妻を「やめろ汚れる!話を聞け!」と必死に止めようとした挙句————


「じゃ、臓物を出すのはお前に任せる!一番汚れる作業だからな!なあに、それ以外では一滴たりとも血を出さずに上手く捌き切ってやるさ!」


 と大ぶりなナイフ一本を手渡され、“六頭ぶんの臓物をたらいに掻き出す”という壮絶な作業をまんまと手伝わされてしまったのである。


「いやなぜ俺が。どういう流れだ」

「なんだ、汚れて欲しくないんだろ?」


 なんて返されてしまえばどうしようもない。

血や内臓に怯む彼ではないが、不本意な上に大量なのだ。

 終わりの知れない作業を「遅い!早くしないと痛んじまうぞ!」なんて急かされ続け、セリウスは(間違いなく今夜の夢に見る...)と宴を前にげっそりとしているのであった。



「おやまあ。なんですこれは。豪勢ですね」


 庭への扉を開いたルカーシュが、飛び込んできた大量の羊に目を丸くする。

するとステラは彼を見るなり駆け寄って、嬉しそうに笑顔を向けた。


「来たかルカーシュ!お前がこの服を作らせてくれたんだってな!礼を言う!」


 にかっと笑った彼女の姿をまじまじと見たルカーシュはしばらく黙り込んでしまう。

はっと気づいて耳を赤くした彼は、「ええ、まあ」となんとか答えた。


「せっかくですから、私の才を見つけてくださった“赤狼殿”に何かお礼が出来ればと」

「そうか、気が効くな!だが今日はお前の門出の祝いなんだ。存分に食べて飲んでよく楽しめ!」


 控えめに微笑んだ彼へ、ステラはばんばん!と背中を叩く。彼女は満足げに辺りを見回すと、「これで全員集まったな!」とセリウスを振り向いた。


「セリウス、とっとと始めよう!飯が冷めちまうぞ!」

「ならば早く席に着け。お前が動き回るから皆待っている」

「うるさいな。いいから挨拶してくれ辺境伯殿」


 平常通りの軽口に周囲が笑いに包まれる。

セリウスはごほん、と一つ咳払いをすると、立ち上がって集まった面々を見渡した。


「...騎士兵士、並びに軍医諸君。先ずは、今日という祝いの場に集ったことへ感謝を述べたい」


 セリウスが低く落ち着いた声で告げると、皆が顔を上げて彼へと視線を合わせる。

彼はそれに頷くと、静かに続けた。


「改めて告げるが、この辺境に多大なる功績を残したルカーシュ・ファルメス騎士伯令息は、明日をもって自領へと戻ることとなった」


 名を呼ばれたルカーシュへ、全員の注目が注がれる。ルカーシュは思わず顔を赤くして肩を縮めるが、セリウスはそんな彼をまっすぐ見据えた。


「彼のもたらした正確な地図と魔物の詳細を記した資料は、今後も我が辺境の護りと平和の力となるだろう。我が友の軍師としての才、そして新たな門出を祝い、ここに祝杯を上げる。皆、杯を持て」


 セリウスが軽く杯を上げて見せ、隣のステラも微笑んで上げる。


「我が友の門出に」


「「「我が友の門出に、乾杯!!」」」


 繰り返した皆が高らかに杯を上げ、わあっとその場は賑やかさを増した。


「さあ、皆好きなだけ飲んで食え!お前もだセリウス!」

「わかっているから勝手に盛るな」

「羊の丸焼きなんか初めて食べるなあ!イリーゼ、お兄ちゃんがちゃーんと切り分けてあげるからね♡」

「もう、自分でできるってば!ルカーシュさん、パンは足りてます?お肉とお酒は?」

「ひょろっこいんだからしっかり食わねえとな、坊ちゃん。タンパク質が足りて無いんじゃないか」

「はい、もう充分、あの、もう充分ですから」


 切り分けられる骨付き肉に、わいわいと取り分ける料理の数々。瞬く間にエールを流し込んだ男達が、新しく杯に注いで喉を鳴らす。


 大勢の笑い声、歌い出す者、懐かしい思い出に浸る者。酔いの回っていく空気の中、厳しい戦場の事も忘れて、皆がそれぞれに規律や過去を溶かしていく。

 気付けば座っていた彼らは立ち上がって肩を組んで踊り出し、次第に手拍子が加わった。


「あはは!なんだあの踊り!ふらついてるじゃないか!」


 盛り上がっていく活気の中、楽しげに手を叩くステラをセリウスはじっと見つめる。

異国の純白を纏った横顔は、ほんのりと頬に紅が差して美しい。 

 視線に気付いたエメラルドの瞳と目が合えば、どきりと胸の内が跳ねて熱くなった。


...やり直すのなら、きっと今しかないだろう。


「君に、渡したいものがある」


 彼女の手を取り、胸元から差し出したのは一つの指輪。


「ステラ、君がこちらへ嫁いだ日。俺は君の姿を見る事もなく、誓いの言葉も告げなかった」


 銀の指輪に嵌め込まれたのは、セリウスの瞳と同じ金の輝きを放つトパーズ。

この国において、瞳の色を送るのは愛の証だ。

だが、婚約を飛ばして婚姻を交わした経緯から、彼女の指に嵌められたのは契約の為だけの指輪だった。


 だからこそ、彼女の銀の装飾に合うように同じく作らせておいたのだ。

少しでもあの日をやり直す為に。


「今一度、我が妻としての証を贈る。そして、生涯の愛を捧ぐと誓おう」


「...二度と君を、見逃す事が無いように」


 誰もが気付かぬ喧騒の中、机の下で薬指へと指輪を嵌める。

ステラは黙り込んだままセリウスと指輪を見比べると、みるみるうちに全身を赤く染め上げた。


「...な、...っ、ばっ...」


 声を詰まらせて火照り切った彼女は、ついに耐えきれず俯いてしまう。


「.........この、馬鹿...」


 ようやく発された悪態は小さく、ざわめきの中に消えていく。

だがしっかりと聞き取っていたセリウスは「ああ、馬鹿だった」と真っ赤な頬を優しく撫でた。





 そしてそれを見つめる紅い瞳に、そっと隣からイズラールが囁きかける。


「良かったのかい、...これで」


 ルカーシュは慮る彼の言葉に気づくと、ゆっくりと頷いて目を瞑った。


「負け戦に挑むほど、馬鹿な軍師では無いつもりです」


 彼は寂しげに答えて、口をつぐむ。

イズラールは彼の痛みを想像しつつ、ルカーシュを不憫な目で眺めた。こいつってば本気で恋に落ちてたくせに、ほんとうに優しすぎるというか、損な性格なんだから...。


 するとルカーシュは瞑った瞼を上げて振り返る。


「...それに、愛しい人の晴れ姿をこの目で見れたんです。これ以上の勝利がありますか!」


 言い切った彼か咲かせたのは、晴れ晴れとした満面の笑顔。イズラールは思わず目を見開く。

そして彼はぐっと言葉に詰まると、ルカーシュの肩をがしり!と強引に抱き寄せた。


「ううっ、ぐすっ、いい男になったねえ...!」

「うわ!?イズラール泣いてます!?」

「ごめんよルカーシュ、今日はとことん飲もうねえ...」

「ひい...っ、イズラールが優しくて怖い...!!」


 柄にもなくぼろぼろと涙をこぼすイズラールに、ルカーシュはひたすら震え上がるのだった。






準備でまた長引かせたくないなあ、と思った結果、一話が長くなってしまいました。

いつもお読みいただきありがとうございます!


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