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【連載版】聖女様、夫は返していただきます【コミカライズ進行中】  作者: 蟹子


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47.活気と未練




 春を迎えた平原の風は暖かで、空は高い。


 鷲が輪を描いて翼を広げるその下で、辺境騎士達の勇ましい声が上がる。激しい剣戟がぶつかり合い、晴れた空まで熱気を上げていた。


「二班は蜘蛛の糸へ火矢を放って!複眼は視野は広いが焦点に劣る!前方は固まらず撹乱を!」


 ルカーシュの出す指示に剣を構えた騎士達が大蜘蛛の前に散って攻撃し、丘に待機した弓隊が火矢を放つ。

火を受けた大蜘蛛は金切り声を上げて大きくよろめくが、かろうじて後ろ脚の二本で体勢を保った。


「あれは後ろ脚の4本で体を支えているようです!赤狼とイズラールはそこを崩して!」

「任せろ!遅れんなよイズラール!」

「はいはい言われずとも!」


 指示を受けたステラとイズラールが素早く駆けて大蜘蛛の腹の下へ潜り、二本の剣と槍が同時に後ろ足を切り落とす。

ズン、と大きな音を立てて落ちる重たい腹部。

瞬時に切り抜けた二人はざっと滑りながら刃についた体液を振り払った。


「セリウス!!そのまま切り込んで!外殻を破壊するには君の剣の重さが必要だ!」


 セリウスが背から鋼の大剣をスラ、と抜く。

低く風を唸らせて振るった剣は硬い外殻を貫き、柔い腹部を大きく切り裂いた。

大蜘蛛が空を裂くような悲鳴を上げ、じたばたと残る四本の足を暴れさせる。そしてその悲鳴が消えると共に、ゆっくりと硬直するように動きを止めた。


「やったぞ!!」

「これで主も三体目だ!!」

「見事な連携でございましたな!」


 騎士達が歓声を上げ、息をついたセリウス達がルカーシュを振り向く。


「よくやった」

「さらに精度が上がってるな!地理の把握のおかげで騎士達も動きが早い」

「まさか君にこんな才があったとはねえ」


 剣を拭くセリウス、そして走り寄ったステラとイズラールに肩を叩かれ、ルカーシュはよろけながら頬を綻ばせた。


「いえ...。それもこれも、実戦を繰り返し見る機会を与えてもらえたからですよ。おかげでもうすぐ地図と図鑑も完成しそうですし」


 彼はかたわらに置いていた手帳を撫でる。

あれから二週間ほど経ち、自信をつけたルカーシュは目覚ましい働きを見せていた。


 手帳に描いた魔物は三十種を越え、地図も完成を迎えかけている。平原の奪還は三分の二を超えて、魔力澱みも数を減らすばかりだ。



「はあーっ、やっぱり動きやすい装備はいい!身体が軽くて最高だ!」


 ステラもすっかり鎧を脱ぎ去り、代わりに身体にぴたりと沿った黒革の鎧を纏っていた。重りから解放された彼女のしなやかな動きは山猫のよう。

風に靡く赤髪は戦場を鮮やかに駆け抜け、本来の強みをこれ以上なく発揮している。


 呼び名も戦場では赤狼のまま。“奥方様なんてお堅く呼んでる内に指示が遅れる”と本人が拒んだのだ。


「だが君は自分の動きを過信している節がある。ただでさえ防御力が下がっているというのに、無闇に敵前に飛び込むのはいい加減にやめろとあれほど...」


 ひとつ問題があるとするなら、セリウスが非常に不満げかつ、彼女への小言が日々増えてはいることくらいか。


「ああもう毎日毎日うるっせえ!お前の説教に付き合ってられるか!着替えてくる!」


 言い捨てた彼女は兵舎前に馬を停めるなり、ひらりと飛び降りて屋敷へ駆けて行ってしまう。


「待て、まだ話は...!まったく、あのじゃじゃ馬め...」


 残されたセリウスがやれやれとため息を吐き、ルカーシュとイズラールはもはや見慣れてきた光景に笑って顔を見合わせた。


 セリウスはああ言うが、奥方様はじゃじゃ馬ではなく猛獣なのだ。屋敷でも全くあの性格を隠さなくなった彼女は、今まで以上に自由で奔放。

セリウスは日々そんな彼女に振り回されているのだが、その不機嫌な顔さえどこか幸せそうなのだった。




————




「...俺はどうして、妻の花嫁姿をまともに見なかったのか...」



 セリウスがずん、と表情を暗くして肘をつき、組んだ指を額に当てる。

屋敷の談話室に戻ってくつろいでいたイズラールとルカーシュが顔を上げると同時に、茶を入れていたジェンキンスがため息を吐いた。


「いきなり何をおっしゃるかと思えば。だから申し上げたでしょう。“適当でいい”なんて最低限の費用だけでドレスも式も賄うのはよろしくないと」


 死んだ目の主人に言ったとしても意味はないと思いつつ忠告はしたのだ。

 だが家令は主人に言いつけられた以上に手を出せない。いずれ落ち着けば後悔するだろうとは思っていたが、ついにその日がやってきたらしい。


 ポットを傾けていたジェンキンスはつい、と注ぎ口を上げる。そしてカップの持ち手を落ち込む主人の側へ回しながら言葉を続けた。


「だというのに旦那様ときたら布同然のドレスに了承され、ろくに参列者も呼ばず、壇上に並んだ奥方様すらご覧にもならず...」

「まじかよ。最低だねえセリウス。ここのルカーシュだってきちんと金かけてたのに」

「まあ私は離縁されましたけどね...」


 ジェンキンスの挙げる内容にイズラールが呆れた声を上げ、ルカーシュが目を逸らして苦笑する。


「俺は“姫君以外の女など要りません”っつって嫁取りからは逃げた身だけどさあ、実際娶るならそれなりにしないと失礼なんじゃないの?」

「よく奥方様のご家族に怒られませんでしたね」

「お可哀想に奥方様は飾り一つないドレスを見ても文句一つ言わず...、あんなもの今日び庶民ですら着ませんよ。我が主人ながら嘆かわしい」

「うわーますます最低」

「酷すぎる...」


 次々に追撃され、セリウスはますますぐうう、と唸り声を上げた。


 正直なところ、あの日の俺は絶望に近い感情しか存在せず、姫君にあてがわれた体裁の妻など目に入れる気も起きなかったのだ。

これで己の運命は完全に聖騎士へと縛られる。

不要になるまで逃れられず、この女の産む子に辺境を任せ、誇りも忘れて老いる運命なのだろうと。


 意味のない式、意味のないドレス、意味のない女だと思っていた。


 だが今となってはひたすら惜しい。

こうしている間も長風呂を楽しんでいるだろうあの美しい妻に、どうして己は質素なドレスを着せ、顔すら目にも入れなかったのだろうか。


「...時間が戻るならやり直したい...」


「後悔したって遅いでしょ。でもあの奥方様には華やかなドレスが似合ったろうねえ」

「純白を纏えばきっと女神のようだったでしょうね...。本当に惜しいことを」

「こればかりは旦那様でもお馬鹿と申し上げるしかございませんな」


 三人から畳み掛けられ、セリウスは長いため息を吐いて項垂れてしまう。そして彼は落ち切った声で口を開く。


「...だが、今さら花嫁衣装を着てくれなんて頼んだとして、あの妻が了承すると思うか...?」


 ぼそぼそと呟かれた言葉に三人は顔を見合わせる。


「まあ、嫌がるだろうね。恥ずかしがって拒む奥方様が目に浮かぶよ」

「うっ」

「“なんでまたわざわざ重たいドレスなんか着なきゃならないんだ”って、憤慨する姿が見えますね」

「ぐう」

「無理やりお着せしようものなら屋敷中を逃げ回るでしょうな」

「ぐうう...」


 楽しげに笑うイズラール、呆れるルカーシュ、髭を整えるジェンキンスに一つ一つしっかり反論されてしまい、まさにぐうの音も出ない。いや、セリウスはずっと低く唸り続けてはいるが。


 すると扉のノブがガチャリと回って、シンプルなドレスに着替えたステラが姿を現した。


「はあ、さっぱりした!で、なんだこの空気」


 セリウスは何故だかどんよりと落ち込み切っているし、ルカーシュとジェンキンスは顔を見合わせ、イズラールはにまにまと二人を見比べている。


「今さら未練がましく後悔してるんすよ」

「未練?」


 ステラが首を傾げるとセリウス以外の三人が肩をすくめる。何のことだ?と思いつつ、この様子では大した内容ではなさそうである。


「まあいいや。しかしいちいち風呂上がりにドレスの編み上げを締めるのは面倒だな。色々バレたし、あたしもお前らみたいなシャツとズボンに変えたいんだけど」


 それでも彼女の好むドレスはいわゆるブリオーと呼ばれる古風な形で、開いた胸元に編んで絞ったくびれ、広がった袖という簡単な作りだ。刺繍も襟口や裾にしか施されず、飾りは腰から垂らした布帯くらいのもの。王国で好まれるパニエ入りの豪奢なものとはまったく違う。


「却下だ。面倒なら俺が結ぶ。わざわざ男の服を着る必要はない」


 俯いていたセリウスがばっと顔を上げて止める様子は、個人的な好みであることは一目瞭然である。生温い視線を送り合う彼らに気付かず、ステラは残念そうに肩を落とした。


「はあ、王国の服は女ばかり難しいのはなんなんだ。こっちじゃ合わせで結んで帯を止めるだけでよかったのに」


 ぶつぶつと文句を垂れるステラは最初に会った時の淑女らしさもどこへやら。

けれどその自由さは“平原の血を引く”という彼女らしい。願わくば実際にその頃の姿を見てみたかった、なんて思ったルカーシュは、はっと目を大きく見開く。


「これです!セリウス、これですよ!!」


 いきなり笑顔で振り向いたルカーシュに、セリウスはきょとんと切れ長の瞳を丸くした。





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