42.暖かな溜まり場
「へえ、測量を使った地図作成ですか」
医務室にてイリーゼが兄の腕を消毒しながら目を丸くする。
ルカーシュは向かいのベッドに腰掛けて、嬉しそうに両手に握った手帳を見つめた。
「はい。赤狼殿が、お前の能力は誇るべきだと...。ですから、私もやれることをやってみようと思うんです」
瞳をきらきらと輝かせて言う様は、すっかり恋にときめく青年。少女のイリーゼはそれに気付かず、消毒が終わった腕に包帯を巻きながら微笑んだ。
「瞬時に土地の測量ができるなんて、本当にすごいことですよ。けして簡単な計算ではありませんもの」
紙に書いて解くならまだしも、歩幅と暗算で簡単に測量をしてしまうなんて自分にも出来ないことだ。やっぱり奥方様は人を見る目があるのだわ、などとこっそり思ってイリーゼはくすりと笑う。
するとイズラールはルカーシュの様子をじっと眺めて、「そりゃいいことだけどさ」と口にした。
「君のために言うけどね、あんまり夢中になりすぎない方がいいと思うよ」
だってあの“赤狼”は奥方様なんだから。
普通に何度も接していればわかる。男にしては高い声に、あのセリウスの距離の近さ。そして騎士達のなんとも言えない赤狼への視線。最後に何より、イリーゼがやたらと懐いている様子は奥方様との接し方と同じなんだもの。
鈍いルカーシュはやっと女と気づいたみたいだけど、奥方様とまでは思ってないんだろう。
「あんまり期待しすぎると痛い目を見るかもよ」
「なんでそんなこと言うのよ兄さん!」
イリーゼは地図の話と思って咎めるが、イズラールとしては優しさなのである。
毎回討伐終わりに隣で絵を褒められるうちに、好きになっちゃったんでしょ、どうせ。
“ろくでも無い軟弱者”だと思っていたこいつがやっとやる気になったのはいいことだけど、人妻に横恋慕して傷つくのは流石に可哀想じゃない?
「いえ、私は励ましてくださる赤狼殿に報いたいだけで...」
ルカーシュは控えめに笑って答える。
...まあ、せっかくのやる気に水を差すのはよくないから、今は黙るけどさ。とイズラールは彼を俯瞰することにしておく。
すると包帯を結ぶイリーゼが、失礼な物言いをした兄をじとっと睨んだ。
「それから兄さん。こんな擦り傷で医務室に来るのはやめてよ。包帯なんていらないでしょ」
怪我しちゃった!と言って入ってくるから何かと思えばただのかすり傷。しかも魔物にやられたのではなく、木の枝に擦ったと言うではないか。
「何を言うのさイリーゼ。お兄ちゃんはお前の医術の練習になると思って」
「まさかわざと怪我してきたの!?」
「ち、違うよちょっとなんていうか、これからイリーゼと一緒に暮らせるのが嬉しくってにやけちゃってたら木に突っ込んでたの!」
「それはそれで何やってるのよ!」
相変わらずの兄弟喧嘩だが、二人の空気は戯れ合うように柔らかい。ルカーシュは「まあまあ」と宥めながら、いい関係だなあとしみじみと二人を眺める。
すると、机に向かって散らばるカルテを整理していたゼーマンが「あのなあ」とため息をついた。
「赤狼にしろ、お前らにしろ。ここは溜まり場じゃねえんだぞ。用が終わったらさっさと出てけ」
やれやれと言いながら、彼はすっかりあのまずいコーヒーを用意しているし、菓子の缶まで出している。
三人はそんなゼーマンにくすくすと笑って、それぞれ顔を見合わせる。
「頑固親父が甘やかすから、みんな居たくなっちゃうんじゃない?」
イズラールがにまりと笑えば、「うるせえな」とゼーマンは誤魔化すように顎髭を撫でた。
区切りがいいのでちょっと今回短めです。
イリーゼとイズラールはすっかり関係が良好になり、ゼーマンの医務室はさらに賑やかに。
いつもリアクションや感想が大変励みになっております!




