4.蛮族の血と聖女の画策
ステラはもう一つ、令嬢達のサロンで噂を流した。
花々咲き誇る庭で、淑やかなご令嬢達が“噂の聖騎士夫人”に興味の色を抑えてティーカップを傾ける。
ステラは手の中の透き通った紅茶を見つめると、おずおずと、声をひそめて口を開いた。
「ここだけの話ですが...わたくしは本当はバラルディの血を引くものではありません」
ご令嬢達が揃ってはっ、と息を飲む。
ステラはそれを聞き取ると、自信なさげに微笑んだ。
「家族を失い、お屋敷前で倒れ込んだ北方蛮族の生き残りであるわたくしを、お優しいお父様とお母様が我が子のように育ててくださったのです」
「わたくしが今まで髪と目を隠していたのは、身を案じたお父様によるお心遣い...。血を引かぬ私を育ててくださったお父様は、本当に素晴らしい方です」
敵の血を引く子を匿い、娘として愛し育て上げた夫婦の美談。周囲の差別に怯え、身を隠して美しさを閉じ込めてきた生き残りの娘。
同情と感嘆のため息が、開いた扇子の内側で漏らされた。
「この事は、どうかご内密に...。特に、姫殿下には」
内密などと、令嬢達には意味をなさない言葉である。
ステラが北方蛮族の血であることは社交界にまことしやかに流れていく。ステラの父も持ち上げられる事にやぶさかではなく、その上で虐待の事実を知られることを恐れ、否定することもなかった。
貴族に拾われた北方蛮族の末裔の娘と、その一族を滅ぼした因縁の血が過去を捨てて愛し合う。
歌劇を愛する社交界が、この情熱的なロマンスに胸を打たれぬ理由などありはしない。
そして、そのうちにステラの血が蛮族の末裔であるという噂は姫君の耳にも入ることとなった。
「北方蛮族の血ですって!?なるほど、そういう事だったのね!彼は賊に騙されているんだわ...!」
「わたくしに振り向かないのも、すべてあの女に脅されているに違いない!わたくしが彼を解放してあげなければ!そう、聖女として!」
これまで何度甘い言葉でくすぐっても、のらりくらりと躱すセリウスに歯噛みしていたのだ。
その上あの“体裁の妻”に入れ込んで、“姫君への感謝”を枕詞にステラの素晴らしさを語られる日々に、嫉妬と怒りは限界を迎えていた。
けれど彼が騙されているなら仕方ない。
今度こそ救い出して、彼をわたくしの騎士にしなくては。
ご機嫌に花のような笑みを浮かべた姫は、ある事を思いついた。
ほどなくして姫君主催の夜会が開かれることとなり、セリウスとステラの元にも姫君自ら“ご夫婦でいらして”と記した招待状が届けられた。
城の大広間が大勢の貴族達で埋まってゆく光景を眺めながら、姫君は湧き立つ笑みを必死で噛み殺す。
二人には少し遅い時間を指定してある。この大広間が満たされ切ったその時、ちょうど現れるように。
そしていよいよ、二人は姿を現した。
いつものように寄り添い、微笑みあって。
「...すぐに、助けてあげるから」
空色の目に二人を捉えた姫君の唇が、醜く捲れ上がった。




