22.必然と甘え
ルカーシュが全く騎士の素質を見せないのに引き換え、イズラールの戦闘力は辺境騎士達はおろか赤狼までも目を剥かせるものだった。
彼の手にした槍は襲い来る魔物を無惨に散らし、飛び込んできた個体を硬い手甲で殴り付け、蹴り飛ばしてとどめとばかりに踏みつける。
荒々しいその動きは酷く残虐で、周囲の騎士達の言葉を失わせた。
「赤狼殿も野蛮な剣術と感じたが、これはさらに...」
「もはや戦士というより、獣のようではないか」
赤狼の剣技も野蛮で騎士とは似つかないものながら、動きは踊るように軽やかで、太刀筋に研ぎ澄まされた技術があった。
しかしイズラールはそのようなものをまったく感じさせない、純粋な“暴力”をまざまざと突きつけるようなものだった。
「イズラール。お前、今まで一度も誰かに師事してないだろ。傭兵ならさもありなんだが」
赤狼に声をかけられ、イズラールが槍に刺さった魔物をぶん、と放り投げる。
投げられた死骸は、どしゃっと音を立てて地面に潰れた。
「そうだよ。俺は戦争孤児だからね。14で村を焼かれて殺されかけて、その場に落ちてた槍を握った。ちっちゃな妹が足元にしがみつく中で、めちゃくちゃに振り回したらたまたま生き残れたのさ」
騎士達が喉を鳴らすほど重い内容を、軽く笑って彼は答える。
「だから俺は槍を使うだけ。綺麗な型も騎士道も知らない。食うための戦場で勝手に覚えた。そこのウサギちゃんみたいに“戦わない”なんて選択肢はなかったからね」
イズラールはちらりとルカーシュに瞳を細める。
視線を受けた彼がびくりと肩をすくめた。
「それで貴様はルカーシュが気に入らない訳か」
セリウスが納得がいった顔でため息をつく。
イズラールはそんな彼ににまりと口の端を上げると「そうだよ」と隠さず答えた。
「君だって嫌いでしょ?言い訳する奴、もがこうとしない弱者。甘やかされて何にもしない奴なんてさ」
ぐ、と鎧の胸当てを指で押されて、セリウスは言葉に詰まってしまう。
事実、セリウスは厳しい鍛錬に生きてきた生粋の騎士だ。甘えや言い訳は好まず、ルカーシュに対しても呆れと苛立ちばかりを感じていた。
今この瞬間ですら、ルカーシュといえば手持ち無沙汰に剣すら抜かず、視線を落として立ち尽くしている。
「ねえ、騎士家の長男クン。君には戦場なんか向いてないよ」
「ずっと大好きな聖女様の元でお絵描きしてたらよかったんじゃない?そのオモチャの剣は大事に磨いておいてさ」
イズラールに冷やかされて、ルカーシュは思い当たるように胸元をばっと押さえた。
きり、と奥歯を噛んで後退り、悲しげな顔をして帰路へと背を向ける。
イズラールは「あらら、効いちゃった」などと笑って彼を見送る。
ひとり隊列から離れて歩き出してしまう彼に、赤狼は「おいおい死ぬ気か」と呆れた声を上げて背を追った。
セリウスが口を開きかけるが、
「お前が来るとさらに落ち込んじまうだろ!あいつと先に屋敷へ戻る!」
と駆け出した赤狼に言われてしまう。
彼はその言葉に言い返せず、ぐっと唇を噛む。
だが振り向いた鎧の妻は「心配無用だ!」と兜の内で軽く笑った。
「!」
自身の嫉妬と不安を見透かされたことに妙な気恥ずかしさを覚えつつ、「...わかった」とセリウスは頷いた。
————
「なあ、一人で帰る気か?危ないだろ。馬には乗れてもお前は戦えないんだから」
「......」
雪解けでぐずつく平原。
視線を落として歩んでいく細身の後ろ姿を、赤狼の鎧ががしゃがしゃと音を立てて追う。
「イズラールはああ言ったが、お前は別に鍛錬をしなかったわけじゃないだろ。じゃなきゃセリウスの剣を何度も避けられるわけがない」
稽古では怯えて腰を引いていたものの、目が良いことはよく分かった。本当に何も経験のない人間ならば初めの一振りで首元に刃を当てられ、動くことすらできなかっただろう。
だが、ルカーシュは何度も剣を必死に避けて、ようやく地面にへたり込んだのだ。
「お前は父親の為に努力した結果、肉体がどうしても追いつかないんだろ。そんな奴を俺は虐めようとは思わん」
赤狼がそう声をかけると、ようやくルカーシュは歩みを止める。
そして聞こえないほど小さく彼は呟いた。
「...違います」
「何が?もっと大きな声で言え、聞こえん」
赤狼は両手を腰に当てて肩をすくめる。
するとルカーシュは銀の長髪を靡かせて振り向き、紅い瞳から涙を散らした。
「違います!!!イズラールの言った通り、私は聖女様に甘えていました!!」
いきなり発された大きな声に、「うお」と赤狼は後ずさる。ルカーシュはそんな彼に向かって胸元から何かを取り出すと、地面にべしゃっと投げ捨てた。
「剣を握れず!鍛錬もせず!飾りの聖騎士はくだらないお絵描きばかりしていたんです!逃げて、逃げて、こんなものに夢中になって、ただ寵愛だけを受けていた!」
湿った泥と生えかけの草に、じわりと濡れる1冊の手帳。ルカーシュはそれを苦しげに見つめて頬へ涙を伝わせた。
「私は騎士になどなってはいけない。父の跡など継ぐ器では無いのです。このまま一人で魔物に食われた方が、諦めもつくというものでしょう」
彼は静かに告げると、また背を向ける。
これできっとわかったはずだ。己に情などかける必要なんてない。さっさと見捨ててくれればいい。
そんな諦めと共にゆっくりと歩き出そうとした、その時。
「へえ!」と大きな感嘆が背中に響いた。
「こりゃ見事なもんだな!王城がそのまま手帳の中に建ってるみたいだ!」
思わず振り向けば赤狼が泥に塗れた手帳を開き、まじまじとその内を見つめていた。
「この鳥の絵もいい!生きてるみたいだ!なあ、これは何で描いてる?」
「も、木炭ですが...」
おずおずと答えれば、赤狼はまた
「ほお、木炭でこんなに精密な絵が描けるのか!」
と声を上げ、またページをめくろうとする。
...がしかし。泥が染み込んだ残りのページはぐずぐずと張り付いて、べろりと剥がれ落ちてしまった。
「おい、お前が捨てたせいで見れなくなった!なんで勿体無いことするんだこの馬鹿!」
怒鳴りつける赤狼に肩を小突かれ、ルカーシュはよくわからないままに「いや、その、すみません」と何故だか謝る。
すると赤狼は、小突いた肩をガッと握って引き寄せた。
「おい、お前。新しい画材と手帳を買うようにセリウスに言ってやる。だからもっと絵を描け。それで描いてるとこを俺に見せろ」
「ええ、いや、そんな」
驚いて言い淀む彼をがっしりと掴んだまま、赤狼は有無を言わさずルカーシュに濡れた手帳を押し付ける。
「ついでに奥方様にもお見せしろ。あの人は平原までは来れんから良いお慰みになる。いいな?これは先輩としての命令だ」
「えええ...!?」




