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【連載版】聖女様、夫は返していただきます【コミカライズ進行中】  作者: 蟹子


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21.飾りの騎士




「うわっ、うああ、ひいっ!?ひえっ!」


 晴れた日の訓練場に情けない男の声が響き渡る。

辺境騎士達はそれを遠巻きに眺め、不可解な表情を浮かべている。


 訓練場の中心。左手に一振りの両手剣を握ったセリウスが、地面にへたりこんだルカーシュを見下ろしてため息を吐いた。


「なんだその引き腰は。握りが足りん上に打ち込みすら全く出来んとは...。貴様は今まで何をしていた」


 まずは腕を見なければ始まらない、と剣を握らせてみたものの。


 セリウスの加減して振った剣すら悲鳴を上げて避けるばかりで、打ち返すどころか受けすらしない。しまいには彼の振り払った剣圧に怯え、尻餅をついてぺたんとへたりこんだのだ。

 これがあの“白銀の鬼”フェルメス卿の息子とは。


 見下げ果てた視線を受けたルカーシュは、雪解けで湿った土に腰を下ろしたまま唇を噛む。


「ですから...、私は本当に剣が苦手なのです、本当に才がないのです...!」


「言い訳とは見苦しいな。鍛錬を少しでも積めばこうはならん」


 うるりと涙目になったルカーシュに、セリウスは苛立って声を低める。しかしルカーシュは儚げに涙を滲ませると、瞬きをして頬を濡らした。


「言い訳ではありません...。戦で私が魔物や人を斬ったところを見たことがおありですか?剣を振るう姿を見たことがありますか?一度たりともないでしょう...」


 セリウスは無駄に耽美な泣き顔が癇に障りつつも、その言葉を受けて聖騎士時代を思い出す。

確かによく考えれば、一年もあったと言うのにこいつが魔物を斬っている姿など全く見たことがない。


「なーに泣かせてんだお前は。そんでお前も何泣いてんだ、お嬢ちゃんか」


 側で見ていた赤狼が近寄り、やれやれと言った動きで腰に手を当てる。

すん、と鼻を啜って落ち込むルカーシュを見下ろすと、赤狼は見かねてセリウスへと声を掛けた。


「聖騎士時代はよく知らんが、そもそも聖女の戦ってのはどんなものだったんだ?いつだったかお前は“生ぬるい”とか言ってたよな」

 

 セリウスは振り向いて剣を納めると、思い出したくもないというように苦々しげな顔をする。


「...戦と言える戦ではない。聖女が出るのはいつも後方、治癒と淀みの浄化が務めだった。敵や魔物に見えるのもたまたまそこまで紛れ込んだ少数のみ。よってこちらが剣を振るう事も少ない。...まさに“飾りの聖騎士”だった」


 聖女は聖なる光を放って負傷兵を癒し、淀みの沼を浄化するだけで周囲から歓声が上がるのだ。

時折前衛に姿を現すことがあっても、それは敵へと相対する前に行う演説と、聖なる力の実演によるパフォーマンスの為でしかない。


「そんな戦ですから、私が剣など抜く必要はありませんでした...。いつも聖女様の側に立っているだけ。もし何かが現れても、セリウスやイズラール達が先に出てくれますから...」


 ルカーシュはセリウスに続けて話すと、ゆっくり腰を上げて泥に滲みたサーコートを絞る。

白い指の隙間から、ぽたぽた、と黒く濁った水が滴った。


「騎士家の長男だというのに、命を奪ったことなどありません...。病弱だった私は頭に知識ばかりを詰め込んで、剣を初めて握ったのも17になった頃でした。それも重くて、振るえなかった」


 ルカーシュはそう言うと、すっかり手放して地面に落ちていた薄刃のサーベルを拾う。

そして濡れた睫毛を手のひらできゅっと拭うと、セリウスに剣を手渡した。


「これは私の為の剣。聖女様に特別に与えられたものです。セリウス、握ってごらんなさい」


 差し出されたセリウスは渋々受け取った途端、大きな違和感に目を見開く。


「なんだこれは。剣にしては軽すぎる、何で出来ている」

「お?どれどれ」


 近寄った赤狼がまじまじと見て剣の面を指で弾く。

ぺいん、と軽く間抜けな高音が響き、「ほお」と溢した赤狼は拍子抜けしたように軽く笑った。


「おいおい、こりゃ軽合金だ。苦土や鉛なんかを合わせた脆い金属だよ。人なんか斬ったらすぐ刃こぼれして、とても使えたもんじゃない」


「なんだと!?」


 セリウスが剣の表面にじっと目を凝らす。

見た目こそ美しいが、戦においてはガラクタの剣。

聖女はそんなものをわざわざこいつに与えたと言うのか。

 ルカーシュは彼の様子に悲しげに笑って、暗く視線を落とした。


「そうです。...私に鋼の剣など握れませんから。見た目ばかりの玩具を腰に差していたのですよ」


 赤い瞳は、またじわりと濡れる。

するとひょい、と彼のサーベルをセリウスから奪ったイズラールが「へえ」と持ち上げ薄く笑った。


「こりゃよくできたオモチャだね。でもいいじゃん、別に楽できてたんだからさ。俺だって楽に金稼げるならそうするよ」


 ひゅん、と軽いサーベルを振った彼は、くるりと回してルカーシュの腰の鞘へとそれを収める。


「騎士家の長男も飾りじゃダメなの?パパも酷いねえ、聖女様ならちゃんとわかってくれたのに」


 ルカーシュの耳元で囁いたイズラールは、とん、と彼の胸を押すと「カワイソ」と小さく嗤った。

その瞬間にヒュッとセリウスの剣がイズラールの喉元に突きつけられる。


「聖騎士時代は見逃していたが、ここは俺の領域だ。騎士道に欠ける行動は許さん」


 イズラールは喉元の剣にごくりと唾を読み込むと、両手を上げてへらりと後退りした。


「失礼しました、辺境伯サマ。雇い主の決め事には従いますよ」


 薄紫の瞳を瞼の隙間からうっすら覗かせて、恭しく礼の形を取る。セリウスは慇懃無礼な彼の振る舞いにフンと小さく吐き捨てて剣を収めた。



————



「あいつは戦士としてまずいな。力もなければ気力もない。飯が食えんのはもっとよくない」


 夜着に着替えたステラが窓際の椅子に掛けて、ガウンをぱさりと肩に纏う。机の上のポットを蒸らしていたジェンキンスは「ほう」と溢してカバーを上げた。


「残念だがステラの言う通りだ。体力や腕は鍛えればいいが、あやつにはそもそも精気が足りん」


 向かいに掛けてステラを待っていたセリウスが頷き、ジェンキンスによって萌葱色のカモミールティーが注がれるのを眺める。


 実際、あの後もルカーシュに稽古をつけたはいいものの、すぐに息をぜえぜえと上げて重い剣にもふらふらするばかり。

 白い肌にしっとりと汗を纏って「はあ...っ」と耽美な吐息で立ち眩む姿に、セリウスの苛立ちは限界を超えかけた。


 その上夕食時には、出された肉を一口食べるなり「なんです、これ...」と口元を押さえてさあっと顔を青くする。


「ライディルだ。ここではごく一般的な鹿科の肉だが」


 憮然と答えたセリウスに


「うう、...なんとも言えない癖が...」


 と彼は眉を下げて咀嚼し、ようやく時間をかけて飲み込む。

 ステラはそんなルカーシュにやんわりと微笑みかけると、「ごめんなさいね」と小首を傾げた。


「王都の方には食べ慣れませんわね...。ライディルは雪の上で群れを成す、大きめの鹿に似た生き物ですの。添えたジャムを付ければまだ食べやすいのではないかしら」


 彼女に促されて赤いジャムと共におそるおそる口にしたルカーシュが「ああ、確かに...」と言った途端。

横からイズラールが皿を引き、ルカーシュの肉にナイフを突き立てた。


「いいよルカーシュ。俺は気に入ったから食べてあげる」


 彼は突き刺した肉を齧り取ると、残った塊を自分の皿の上へと移してしまう。


「はい、食べ慣れてるモノだけ残ったよ」


 イズラールはにまりと舌めずりして笑った。

ルカーシュの前に返されたのは、肉の下に敷かれていた潰した芋と煮た青菜だけ。


「イズラール」


 嗜めようとしたセリウスだが、ルカーシュは慌てて両手を上げた。

「いいんです、セリウス」とまた眉を下げる。


「私は少食なんです。それに野菜は好きですから」


 彼は何故だか申し訳なさそうに言うと、小さく芋を掬って口にしたのだった。



・・・



「さあて、どうしたものかな。馬みたいにケツ引っ叩いたら立ち直らないか?」


 ステラは皿の上の焼き菓子を摘み上げると口の中へと放り込む。

 ガリっと音を立ててざくざくと楽しげに噛むステラに、セリウスは呆れた顔をしてカップを持ち上げた。


「叩いてやりたいのは山々だが、折れるのが終いだろう。基本を忠実に教え込み、走り込みで体力を付けさせるしかない」


 渋い顔をしてカップを傾けた彼に、ステラはごくんと菓子を飲み込むと肩をすくめて見せる。


「“基本はわかってるけど出来ない”が正しいんだろうけどな。あの細っこい手じゃ競技用のフルーレを握るのがやっとだろうし」


 彼女はそう言い終えると、茶を喉に送って小さく息を吐く。貴婦人と見紛うほどに細く繊細な白魚の手。剣だこができるはずの場所はまっさらで、代わりにペンを持ち慣れた跡があった。

あれではメイドの手すら逞しく見える事だろう。


 二人のやり取りを聞いていたジェンキンスは、銀のカートへポットを戻し、苦笑する。


「また難儀な方を引き取りましたなあ。側から聞いているこちらとしては、ルカーシュ殿は不憫につきますが」


 騎士家の長男だというのに剣は握れず、自信も覇気も持ち得ない。実力に対して分不相応な生まれというのも、実に哀れなものである。


 気の毒な話だ、と目を伏せたジェンキンスに、セリウスは「お前は甘いな」とため息をついた。

するとステラがはん、と小さく笑う。


「そうか?随分と残酷な事を言うと思ったがな」


 静かなステラの言葉に、二人は目を見合わせた。





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