20.怯える兎と打算の狐
「奥方様、ご紹介します!こっちの白いのがルカーシュで、こっちの薄紫の目つきの悪いのがイズラールです!」
「勝手に紹介を始めるんじゃない」
屋敷の客室にてソファに掛けたファビアンが、両脇の二人の肩をぽんと叩いてステラに向き合う。
自分を置いて妻へ話を進めようとする彼に、セリウスは険しく眉を寄せた。
「あら、旦那様の元同僚の方々なのでしょう?妻としてご挨拶くらいさせてくださいな」
ステラがやんわりと彼の膝を撫でると、セリウスはぐう、と唸って口をつぐむ。
ファビアンはそんな様子ににっこりと笑うと、両脇の彼らを促した。
ファビアンの右隣に座っていた青年が、気まずそうにそらしていた視線を上げる。
「申し遅れました。ルカーシュ・ファルメスと申します。私はご主人と同じく元聖騎士の身。そして現在は騎士家ファルメスの嫡男として家督を継ぐ、予定...でございます」
額の中心で分かれた長い銀髪を下ろし、白い肌にルビーのような紅い瞳を湛えた、優美な貴公子。
そっと胸に指先を当てた礼の所作は、洗練されて美しい。加えて口調もゆったりと上品...だというのに、ルカーシュはどこかおどおどとして自信に欠けていた。
「予定?」
ステラとセリウスが怪訝な顔をする。
ルカーシュは小さく頷き、言い淀んだ。
「...その、私は...騎士家の長男として生を受けたにも関わらず...その......」
少しずつ小さくなっていく声。すると隣のファビアンが彼の脇腹を強く小突いた。
ファビアンは「う”っ」と声を上げるルカーシュの肩を強引に組む。
「ぜんっっっぜん剣の才が無くって、戦うのすらとーっても怖くって、呆れた奥さんにもさっさと実家に帰られちゃって!めちゃくちゃ恐ぁいお父上から“騎士家を継ぐ者がそのような軟弱でどうする!”って毎日毎日怒られ続けなんだよね〜!」
被せるように楽しげに言ったファビアンに、ルカーシュがしおしおと「...はい...その通りです...」と弱々しく視線を落とした。
ファビアンはそんな彼の背中をばしんばしんと叩きながら続ける。
「そこで僕がファルメス家のお父上に掛け合って、“どこよりも厳しい辺境で叩き直して見せます!”って宣言してここまで連れて来ちゃいました!というわけでね。セリウス、ビシバシ鍛え直してやってよ!」
「うっ」、「うっ」、と背を叩かれるごとに楽器のように呻くルカーシュをファビアンは無視してにこにこと告げる。セリウスも全くルカーシュを気にかけず、ファビアンへ青筋を立てた。
「いやお前、何という勝手な約束を...!ファルメス卿と言えば“白銀の鬼”とまで言われた猛者だぞ!?そこで治らんものを俺に押し付けるな!」
「だってセリウスも鬼教官でしょ?僕を更生させてくれたじゃない」
「ここは聖騎士の更生施設ではない!!」
頭痛に目元を抑えたセリウスが一喝すると、大声にルカーシュが怯えて肩をすくめた。
「だ、だから言ったではありませんか...。そもそもご迷惑ですし、私には剣の才は皆無なんです、何をしたってダメなんですよ...。軟弱な私には騎士なんて向いていないのですから...」
ほろほろと涙をこぼし、銀の睫毛を拭うルカーシュは情けないのに仕草が耽美で、周囲に薔薇でも咲き乱れそうだ。
弱気な彼にますます苛立ったセリウスは眉間に深く皺を寄せる。そして目元に指を当てたまま、はあ〜〜〜...っと低いため息をついた。
「ねえこの子ウサギちゃんはいいからさ、そろそろ俺の話も聞いてくれない?」
黙っていたイズラールが見かねたように口を開く。
薄紫のさらりとした髪に、細長く片側に垂らされた三つ編み。同じ色の妖しい瞳が辺境伯夫人へと細められた。
「イズラール・エランベルク。傭兵上がりの聖騎士でしたが、また傭兵の身に戻った男です。どうかお見知り置きを、奥方様」
涼やかな狐顔で微笑んだ彼は、すっと姿勢を変えると辺境の主人へ向きなおる。彼は膝の上で指先を組んだ。
「セリウス、率直に言わせてもらう。俺は安定した稼ぎ先が欲しくてね。聖騎士をやめたおかげで金が尽きかけててさ、妹の学費が足りないんだよ。...つまりは、ここで雇ってくれないかな」
首を傾げて笑うイズラール。
だがセリウスは厳しく眉根を寄せた。
「いいや断る。貴様のような男を側に置いてたまるか」
頑なに言い放った夫へ、ステラはわざと首を傾げる。
確かにこいつの嫌いそうな妖しげな男だが、食わせ物ならなお面白い。辺境にはいないタイプだ。
「どうして?妹さんが不憫じゃない」
誘導のように尋ねた瞬間、セリウスが「まずい」と口走って表情を硬くする。ステラがきょとんと夫を見たのも束の間、彼は目元を手のひらで覆うと、これから来る何かから逃げるように天井を見上げた。
「そう!!俺の世界一の妹ことイリーーーーーーゼッッッ♡♡♡」
いきなり叫んだイズラールが待ってましたとばかりに身を乗り出す。同時にばっ!!と胸元から銀のロケットを勢い良く取り出した。
「ご覧ください奥方様!!この俺にそっくりのツヤツヤの髪、俺とお揃いの大きくてちょっとジト目の瞳♡ 姿だけでも大地に降り立った天使なのに、ほんっとうに俺に似なくて賢い子で♡ なんと12才にしてあの王立学園の主席なんですよ〜っ♡♡♡はあ、可愛い可愛い俺のイリーゼ...ッ♡おにいちゃんは誇らしいよ...っ!!!」
怒涛の勢いで語り、ステラの目の前にロケットの姿絵を見せつけ、ソファの上に立ち上がって両手を広げる歌劇じみた動き。ステラは「おお」と言いかけ慌てて口を押さえる。
そして何事もなかったように姿絵を眺めると「可愛らしい妹さんね」と淑女らしく微笑んだ。
すっかり怪しげな雰囲気を世界の果てまで放り去ったイズラールは
「そうでしょ♡そうでしょ♡見る目あるじゃないすか奥様♡うちのイリーゼはねえ〜〜〜♡」
と跳ねた目尻をでれでれ緩ませ、くねくねとうち上がった魚のように身体をよじらせている。
彼の体から発されたハートの数々が若干視界にうるさいほどに。
「イズラール様は、本当に妹思いのお方なのね」
驚きを抑えてステラが笑ったのと同じくして、ファビアンが愉快そうに肩を震わせた。
「ふふふ!驚いたでしょ?奥方様。こいつは普段は斜に構えてる癖に、妹のこととなると人が変わるんですよ!謂わゆるシスターコンプレックスってやつ?ねっ、セリウス」
セリウスはようやく天井から視線を戻すと
「聖騎士内で“妹”という単語が禁止された程にはな...」
と忌々しげに答えた。
ただでさえ理解できない相手を嫌うセリウスは、この狂人とも言えるイズラールが酷く苦手だったのだ。
出来ることなら置きたくはない。
「ま、そんなワケだからさ!二人をどうか置いてやって欲しいんだ。実際、平原を取り戻すには今のままじゃ時間がかかるし、ルカーシュはともかくイズラールの腕が立つのは君も知ってるだろう?」
ファビアンに“ともかく”と評されたルカーシュがくすんと鼻を啜る。セリウスはそれを聞かなかったフリをして、じとりとファビアンを睨み返した。
「だとしても利が少なすぎる。どういう魂胆だ、ファビアン」
ファビアンはひらりと手のひらを振って答えた。
「どうも何も、お友達が困ってたら助けてあげたいだけだよ?それに、ここで君が恩を売っておけば、何かあった時に味方が増えるでしょ」
「わかってるかい?君は聖女の力を失わせ、王家に恥をかかせたんだ。...身から出た錆だったとはいえ、恨みは買っているだろうからね」
彼は真面目な目をしてセリウスを見つめ返す。
透き通った瞳でじっと捉えられたセリウスは、ぐっと言葉に詰まる。
そして助けを求めるように、ステラをちらりと振り向いた。
「お友達が増えるのは良いことですわ、旦那様」
「“親友”のご助言ですもの。素直にお聞きになった方がよろしくてよ」と美しく微笑まれる。
セリウスはわかっていたと言わんばかりに、いま一度大きなため息を吐いた。
結局のところ、彼女の言葉には逆らえないのだ。
「...いいか。ひと月で使えなければ追い出すからな」
彼は腕組みをして、ぎろりと二人を睨みつける。
ルカーシュは「ひと月...」と震え、イズラールは「ちゃんとご期待に応えるよ」とにまりと不敵な笑みを浮かべて見せた。
ファビアンは嬉しそうに笑みを浮かべると、「さっすが僕の親友!」とセリウスの肩を叩き、「少しは黙れ」と不機嫌に言い捨てられる。
部屋の隅で気配を消していたジェンキンスとラウールは「予想を裏切りませんな」と密かに目配せ合った。
雪解けの辺境に、投げ込まれた二匹の獣。
牙を得て生き延びるのか、馴染めず連鎖に喰われるか。
狼の名を隠した夫人は、赤い唇を妖艶に上げると二人をゆっくり見定める。
ソファの隣から「楽しみね」と耳元へ囁きかけられたセリウスが、ぞく、と背を震わせた。




