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【連載版】聖女様、夫は返していただきます【コミカライズ進行中】  作者: 蟹子


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1.社交界の“赤毛の老馬”は覚醒する



 ステラ・バラルディ。

バラルディ男爵令嬢としての彼女の生まれは、決して歓迎されたものではなかった。


 燃えるような真っ赤な髪に、深いエメラルドの瞳。

金髪と青い目を持つ夫婦からは産まれるはずもない色だった。加えて赤い髪と緑の瞳は、この国を悩ませた蛮族の血。バラルディ男爵は妻の不義を疑い、妻がどんなに無実を訴えても、娘を一度たりとて抱き上げることはしなかった。


 母は覚えのない罪に臥せりがちになり、ステラの赤い髪を撫でながら「こんな姿に産んでごめんなさい」とか細く繰り返した。それは確かに愛の形をしていたが、ステラにとっては生まれながらの罪を自覚させられる、哀しい愛だった。


 そうして母は、ついにステラが五才の年に息を引き取る。

「おかあさま、ごめんなさい、ごめんなさい」

泣いて母に縋るステラの背に、父は触れる事もなく扉を閉めた。


 母がいなくなってから、屋敷の中はさらに冷たい空気で満たされた。父は成長してゆくステラを目に入れる度、苛立ちと侮蔑を隠さなくなった。


 跳ねる赤髪は「見苦しい」ときつく引っ詰められ、“反抗的な緑の目”を隠す為に、分厚く曇った眼鏡で隠すよう言いつけられた。

 豊かに育った胸は「母のようにふしだら」と下女に布で無理に潰させ、高く伸びた背は「女らしくない」と言われ、丸めて歩いた。その上与えられるのは、時代遅れの褪せて古びたドレスばかり。


 18になったステラは、いつしか“赤毛の老馬”と社交界で揶揄されるようになっていた。

 高い背を無理に丸めて顎を前に落とし、そのくせたてがみのようにぴんぴんと収まらない赤い引っ詰め。言い得て妙だな、とステラ自身も薄く笑った。


 笑い声はいつも背中から感じるもの。

けれどもうステラは、何にも反応を返さなかった。


 自分の生まれが悪かったのだ。

今まで何度嘆いたって怒ったって、事態は悪くなるだけだった。ならばこのまま黙っていれば、これ以上悪いことはもう、起こらない。


 ——そんな灰色の日々に、転機が訪れた。

 聖騎士セリウス・ヴェルドマンとの婚約話がバラルディ男爵家にもたらされたのだ。


 この国における聖騎士とは、聖女である姫君に選ばれ、戦においての守護を賜った高潔な騎士達である。


 しかし、それも公における建前。

彼らは剣の実力もさながら、何よりも輝くばかりに美しい青年達だった。色好きな姫君は彼らを手ずから選んでは忠誠の名のもとに側に侍らせ、絆を深めているのは知れたことである。


 六人の聖騎士達は皆、伴侶を持ってはいたが、それも“体裁と後継の為の妻”として。

妻達は揃って地味で目立たぬ女ばかり。夜会に彼らと出ることもなければ、夫が夜ごと城へと馳せ参ずる事も咎めはしない。


 なぜなら聖女は国の要だ。女神に授けられた癒しと浄化の力を持つ唯一の者。

 その姿も白金の髪に空色の瞳と、まさに国の象徴らしく、精霊と見紛うほどに清らかだ。

 国王ですら姫君には砂糖菓子のように甘く、彼女の“聖騎士”について誰も口を出す者など居なかった。


 そして七人目である彼、セリウス・ヴェルドマンもやはり麗しい青年だった。

長く艶やかな黒髪に獅子を思わせる金の瞳。静けさを纏った若き騎士は、誰が目に入れてもため息をつかせるほどの美丈夫である。


 そんな彼の妻に選ばれたステラは、もう何もかも分かりきっていた。

姫君のご機嫌を損ねぬ“魅力に欠ける妻”。

自分に望まれた役割が何であろうと、それでいい、としか思わなかった。


 バラルディ男爵はこの話を受けると、やっと厄介払いが出来るとばかりにため息をつき、ステラに「そつ無くこなせ」とだけ言葉を投げた。


 これでいい。


きっと、もう、これでいいのだ。



————



 結婚式は淡々としたものだった。

飾り気のない白いドレスに身を包み、相変わらず引っ詰めた髪の重さを感じながら、隣に立つ“感情の無い夫”を見ていた。

 ぱらぱらとした拍手は遠く、形式だけは整っていた。

ただ、それだけの式だった。


 そして、それに伴う初夜を迎える。

ステラは与えられた寝室の広いベッドに腰掛け、自分の指先を見つめていた。

 見苦しい髪は相変わらず纏めていたが、暗闇でどうせ見えないだろうと眼鏡は外した。お勤めのために胸が潰されていないことだけが少し楽だ、などとぼんやり考えて、この後の事をただ茫然と待っていた。


 そして形式的なノックの後に現れたセリウスは、扉を静かに背で閉める。蝋燭が揺れる薄闇の中、金の瞳で刺すように彼女を見下ろした。


「...初めに言っておくが、君を愛する事はない」


 わかっている。

わかっているのに、胸を何かが刺した。


「だが、互いの家の為、義務は果たす。その後は好きに過ごすがいい」


 全く熱を感じさせない低い声。

頷くこともせず、いつものように背を丸めた。

ひと呼吸置いて、ぎし、と重みがかけられた右隣から手が伸びる。

彼の指先が夜着の結び目を解く、その瞬間。


 これ以上、奪わせてなるものか。


 頭の中に言葉が弾けた。

同時に燃え立つような怒りが身体を満たす。

 床につけた足先が冷たい雪原に変わる。肉を断つ感触を指が思い出す。立ち込める血の匂い。肌に受ける吹雪の痛み。

そしてざあっと視界を埋める、戦馬に跨り赤い髪を振り乱し笑う女の姿。


 ———カーラ。カーラ・バザロフスカ。


 この身に染みつく、北方蛮族とあだ名されたバザロフスカの長たる女の名。

王国の支配に抗い、平原を駆け抜け、血飛沫の中で何度も剣を交わした記憶。駆け巡るそれらの中で、なおも鮮烈に残る黒髪、そして金の瞳。


 ああ、思い出した。


 たったいま初夜を迎えようとしているこの男の父親こそが、己を手に掛けたクラウス・ヴェルドマン辺境伯。


 憎き我が敵、我が宿敵ではないか。



「飼い殺しの聖騎士とは腑抜けたものだな、ヴェルドマン」



 低く言い放たれた声に、セリウスがぴたりと手を止めた。 





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