碧い残響のプリズム
僕の目には世界が色づいて見える。
他人の悪意はドブ色に、嫉妬は粘つく紫に、愛想笑いは安っぽい蛍光色に。 『感情視(エモーション・サイト)』を持つ僕にとって、人混みは吐き気を催すペンキの海だ。
「……最悪だ」
放課後。クラスメイトたちの放つ極彩色の騒音に耐えきれず、僕は逃げ出した。 向かう先は、立ち入り禁止の旧校舎。 埃とカビの匂いだけが漂う、世界で唯一の無色透明な聖域。
そこで、僕は「彼女」と出会った。
音楽室の扉を開けた瞬間。 視界に突き刺さっていた棘のような色が、一瞬にして洗い流された。
「――あ」
窓辺に、少女が座っていた。 古いアップライトピアノの椅子に腰掛け、鍵盤には触れずに、ただ夏の空を見上げている。
逆光が、彼女の金色の髪を透かして、神々しい輪郭を描いていた。 僕が息を呑んだのは、彼女が美しかったからではない。 彼女から溢れ出る「色」があまりにも綺麗だったからだ。
それは、雨上がりの空のような、あるいは深海の底のような。 どこまでも澄み渡り、触れれば壊れてしまいそうな透明な碧。
僕の人生で初めて見る、混じり気のない純粋な光。 その光を浴びた瞬間、張り詰めていた僕の神経が、熱いお湯に浸かったように解けていくのを感じた。
「……ふふっ。やっと見つけてくれた」
少女が振り向く。 目が合った瞬間、心臓が早鐘を打った。 彼女の瞳が、僕の心の奥底まで見透かすように細められる。
「こ、ここで何を……」 「待ってたんだよ。君を」
彼女は椅子から軽やかに飛び降りると、躊躇うことなく僕に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。 近い。 甘い日向の匂いが鼻をくすぐる。
「君、すごい顔色してる。……世界が、うるさいんでしょ?」
図星だった。 彼女の細い指先が、僕の瞼にそっと触れる。 ひんやりとして、でも芯が痺れるほど熱い感触。
「大丈夫。私のそばにいれば、全部消してあげる」
それは、悪魔の契約のようであり、女神の救済のようでもあった。 僕は知らず知らずのうちに、彼女の瞳に吸い込まれていた。
「君は……」 「私はエマ。星見エマ」
彼女は悪戯っぽく微笑むと、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「今日から君は、私の『共犯者』ね。カイトくん」
その瞬間、僕の世界は塗り替えられた。 灰色だった景色が、彼女を中心に鮮やかに色づき始める。 これはきっと、恋なんて生易しいものじゃない。 僕の魂が、彼女という「運命」に捕食された瞬間だった。




