第七話 恩返し
道を少し行った先にこじんまりとした雑貨屋があった。猫が眠っている可愛らしいイラストが描かれた看板が少し強い風に揺られている。絵里香が迷いなくドアを引くと、ドアについていたベルの弾む音と共に中から光があふれだした。
五分後、絵里香はほくほくとした顔で店を後にすると、つい先ほど来た道を戻る。乾燥している冬の風から隠れるようにマフラーに顔を埋めながら歩いていると、元気良く駆けていく小学生達とすれ違った。
「今日は、俺んち来ていいよ!」
「マジ?ゲーム持ってきて正解だわ」
「早く行こー」
少年たちの声が住宅街に響く。
元気だな、と微笑ましく思っていると、あることに気が付いた。
(待って、何時集合だっけ?)
思い返してみると、彼は待ち合わせを昼と言っていたが、具体的な時間は言っていなかった。
では昼とはいったい何なのか。
昼というのは、一日を三つに分けたときの一つであり、日中のことを指す。日中とは、日の出から日の入りまでの明るい時間のことである。
絵里香の見間違いではなければ、絵里香の腕時計は、短針は十二と一の間辺りに位置していた。
つまり、彼は既に待っている可能性が高い。
絵里香の額に、つうっと冷汗が通る。
焦る気持ちを抑えながら、勢いよく地面を蹴る。
絵里香はひたすらに目的地へ向かって走り出した。
そして、やっと約束の場所に着いたのは、それから二十分ほど後のことだった。
既にオーカーは待っており、電柱に寄りかかって空を見上げていた。
絵里香は、勢いよく止まると、大きく息を吐き、呼吸を整えた。それから、頭を下げる。
「遅れてすみません!」
絵里香に気づいたオーカーは、絵里香の方に顔を向けた。
「いや、問題ない。こちらこそすまなかった。時間を伝えるべきだったな」
「いえいえ、そんな」
オーカーは電柱から体を離すと、絵里香に近づく。
「もう行くぞ」
「行くって……?」
「ここで話すのもあれだから、場所を変える。後、会わせたい人達がいる」
「なるほど。確かに立ち話じゃなんですもんね。どうやって行くんですか?徒歩とか?」
「いや、違うが」
「え?」
「飛んでいくつもりだったが……、そういえば飛べないのか」
突然問われて、絵里香はキョトンとしながら答える。
「?そりゃ、飛べないですけど」
オーカーは少し考えると、不意に胸の前で両手を合わせる。すると、掌の隙間に小さな魔法陣が生まれた。
そのまま、両手を横に引くと、魔法陣から、一本の銀色の棒のようなものが現れた。ひんやりとしていそうな素材で手で掴めそうな太さの棒がスルスルと出てくる。
銀色の棒は絵里香の身長よりも少し短いサイズで、先端には少しの装飾と宝石のような石がついていた。
「え?」
頭の中をクエスチョンマークで溢れさせる絵里香の前で、オーカーが宙に現れた棒を掴むと、そのまま下に落とす。しかし、棒は地面には着かず、その寸前で止まった。
オーカーは棒が宙に浮いていることを確認すると、絵里香に向き直った。
「悪い」
「?」
オーカーは、困惑する絵里香を涼しげな顔でヒョイと抱き上げた。
「え、ちょ、お姫様抱っこ⁉︎」
「じっとしていられるか?このまま行く」
「へ???」
混乱している絵里香をよそに青年は棒に飛び乗り、器用に立った。
「行くぞ」
オーカーの声に反応したかのように、棒が空高く浮かび上がる。
落ちる、と半ば反射的に絵里香は目を閉じた。しかし、いつまで経っても体が落下する感覚がない。
絵里香が恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに青い空が広がっていた。
「飛んでる……?」
「ああ。すまないが、他に方法を思いつかなかったから、こうさせてもらった」
「すごい……!空を飛んでいるなんて夢みたい」
絵里香がキョロキョロと辺りを見回す。すると、物凄い勢いで視界が動いた。
「ちょ、速くないですかぁ⁉︎」
「そこそこ距離があるからな。少し急いではいるが」
「これで少し⁉︎」
優雅に飛んでいるイメージがあった絵里香は、想像以上のスピードに驚く。興味本位で、チラッと下を見ると。遥か下に地面が見え、背筋にすぅと冷たい汗が伝う。
(うわ、見なければ良かった)
「高度を上げるぞ」
「うぇぇぇぇぇぇ、これ以上⁉︎⁉︎」
絵里香の悲鳴が青空に溶けていった。




