第四話 オッドアイの魔法使い
「大丈夫か」
スッと手を差し伸べられたので、絵里香は手を借りて立ち上がる。
「助けてくださり、本当にありがとうございました」
心からの感謝を込めて、青年に頭を下げる。彼が来なかったら今頃どうなっていただろうか。考えたくもない。
「あなたが来なかったら助かっていませんでした。本当に、どう感謝を伝えたら良いか。是非、お礼をさせてください!」
「別に」
青年はぶっきらぼうにそう言うが、絵里香は感謝の気持ちで一杯だった。
「勝手に割り込んだだけだ。顔、上げてくれ」
そう言われて顔を上げる。改めて見ると、青年の身長が普段見かける男性よりも高いことが分かった。髪色といい、瞳の色といい、明らかに日本人のものではない。
また自然に視線が瞳にいっていたのか、青年の眉に僅かにシワが寄った。
「顔になにかあるか」
「すみません。あの、瞳が気になってしまって。ジロジロとごめんなさい」
絵里香の言葉を聞いて、青年はハッとした顔で、右眼を手で隠す。今まで仏頂面だったのに、しまった、という感情が思いっきり顔に出ていた。
「見るなッ!」
青年は、物凄い剣幕でこちらを睨みつける。そのあまりの威圧感に、絵里香はヒュッと息を飲む。
絵里香の恐怖で染まった顔を見て、青年は自分が相手を威圧していたことに気が付いた。
「ッ!すまない。だが、こんな醜いものを見せるわけには……」
そう言って青年は顔を背ける。
(醜い?まさか、自分の瞳のことを醜いと言っているの?)
「醜いって、そんなことないじゃないですか!こんなに綺麗なのに」
つい言葉に熱がこもってしまう。だが、あんなに綺麗な瞳のことを醜いというのは許せなかった。今までで見た瞳の中で一番美しいというのに、どこが醜いと感じるのか、絵里香には疑問でしかなかった。
絵里香の言葉に、青年が隠されていない深紅の瞳を見開く。
青年の口が開かれたと思ったら閉じられ、また開かれた。
「今、この瞳を綺麗と言ったか?」
「はい……、そうですけど……?」
ここまで驚いた表情で問われると、自信が無くなってくる。おずおずと頷くと、青年がゆっくりと右眼を隠していた手を下ろした。
「このオッドアイが怖くないのか……?」
「はい……」
あまりにも執拗に確認してくるので、失礼だが、心のどこかでしつこいな、と思ってしまう。失言した訳ではなさそうなので、それほど意味がある言葉だったのだろうか。
「もしかして、この世界だとオッドアイは珍しくないのか?」
「いるにはいますけど、珍しいですね」
「そうか」
「それはそうだよな」と呟きながら青年は一人で納得する。どうやら、青年の中の問題は解決したようだったが、絵里香には引っかかる所があった。
(ん?今、『この世界』って言った?)
「あ、あの」
「どうした?」
青年の言葉数が先ほどよりも明らかに増えた。表情は元の仏頂面に戻ったが、口調も心なしか優しくなった気がする。
「今、『この世界』って言いました?」
「ああ」
「それってどういう……?」
「あっ」
青年は、自分の失言に気が付いたらしく、咄嗟に口を塞ぐ。闇の中でキラキラと輝く眼が泳いでいる。表情や立ち振る舞いから、大人びた印象を持っていたが、意外と子供っぽいところがあるのかもしれないと絵里香は思う。
「あー、その。先ほど、魔法を見ただろ?」
「ちょっと待ってください」
いきなり魔法という言葉をぶっこまれて、絵里香は待ったをかける。
(そういえば、この人達魔法を使っていたような)
「俺は魔法が存在する世界から来た。この世界には魔法が無いらしいから、恐らくあいつもだろう」
「はあ」
確かに絵里香は魔法らしきものは見たものの、改めて言われるとにわかに信じることが出来なかった。先ほどの摩訶不思議な現象も、現代技術を駆使したと言われたらそっちをすんなり信じるだろう。
「信じられないか?」
「信じられないですね」
「そうだろうな」
何言っているかわからない、といった表情の絵里香を見て「こちらの世界とは色々違うからな」と青年は手を振る。
「まあ、忘れてくれ、と言いたいところなんだが、俺は貴方に用がある」
「私に?」
心当たりがない絵里香は青年の言葉にキョトンとする。
「何故、貴方がさっきのあいつに狙われたかわかるか?」
「いえ、見当もつきません」
絵里香の返答を聞いて、青年が、「自覚すらないのか」と呟く。
「あの?」
話が見えてこない絵里香は頭を傾げる。
「どういうことですか」
「それが関係している」
「それって何ですか?本当になにも知らないのですが」
「全部話す。だから、また話す機会をくれないか?」
「えっ?」
想像もしていなかった展開に、絵里香は再び唖然とした。




