第一話 帰り道
ピヨピヨ、ピヨピヨ
鳥の鳴き声の機械音声で、絵里香は我に返り、本から顔を上げる。
横断歩道の信号はいつの間にか青に変わり、反対側の歩道でスマホを見ていたはずのサラリーマンは、既に歩き出していた。
絵里香は慌てて開いていたページに指を挟むと、小走りで横断歩道を駆け切る。
ふー、と息を吐くと、吐き出した息が白いことに気がついた。
「やっと寒くなってきたかぁ」
先月までは、世界から秋が消えたのかと思うぐらい暑かったのに、十一月に突入すると共に突然気温がガクッと下がった。
「そういえば日の入りが早くなったかも」
ブレザーのポケットから栞を取り出すと、頭上に掲げてみる。
すると、栞のステンドガラス風の蝶の模様が街灯の光に照らされて、綺麗に反射していた。鮮やかなピンクの蝶が、周りの真っ黒な背景に良く映える。
暫くそれを眺めてから、指を挟んでいたページに栞を滑り込ませ、本を肩にかけていたスクールバックに仕舞う。
指先が赤く染まった手をポケットに突っ込むと、絵里香は家路をトボトボと歩き出した。
「もう冬、ねぇ」
花の高校生デビューを飾って半年。それは、絵里香にとって特に可もなく不可もないような半年だった。
成績はそこそこ、仲が良いと言えば良い友達もでき、それこそ色恋沙汰はなかったが、青春らしい青春は送ってきた。
しかし、言えばそれだけだったのである。
高校生になれば何かが変わるかもしれない、と根拠も何もないただの理想を抱いて、いざその生活が始まったかと思うと、現実は何も中学の時とは変わらなかった。
毎日学校へ通い、授業を受けて、帰る。
運命的な出会いや出来事なんて起こるはずもなく、絵里香は同じようなことを毎日繰り返していた。
それはまるで、特に記憶に残ることもない、まるでピンボケした動画のように曖昧な日々だった。
別に、何か優秀になりたいとか、超人的な力が欲しいとか、そんな願望が絵里香にあるわけではなかった。
ただ、“何もない”で人生を終わりたくなかった。何でも良いから何かにとっての特別な存在になりたいのだった。
(結局、存在意義が欲しいだけなんだよね。きっと)
我ながら思春期らしい悩みだ、と絵里香は自虐しながら、角を右に曲がった。




