第十五話 契約完了
「準備が出来るぞ」
オーカーがそういうので、絵里香が改めて魔法具を見ると、先程までは何もなかった画面を、何か文字のようなものがびっしりと埋め尽くしていた。スイスイとオーカーが画面をなぞると、更に文字のようなものが増える。
絵里香がルアンと話しているうちに、どうやら書いていたらしい。
「これ、何が書いてあるの?」
「こちらの世界の言語で、契約内容が書かれてある。読み上げるか?」
「さっき言っていたのと同じ内容でしょ?なら大丈夫。もうちゃんと皆のこと信用しているから」
ニコッと笑って絵里香は断る。
「僕には見せてよ」
ひょいとルアンが画面を覗き込むのと同時に、オーカーが手を振った。
すると、画面が消え、光となり魔法具に吸い込まれる。
「あっ」
「お前は関係ないから見せない。契約は俺がやる」
オーカーの物言いにルアンが唇を突き出す。
「ふーん?別に良いけどさ、少し見ても良いじゃないか。変なこと書いているわけじゃないんだし」
拗ねたようにそう言うと、わざとらしくボフッと音を立ててソファに座る。そんなルアンをオーカーは無視する。
「セレスト、ナイフを貸してくれないか?」
「うぇ?ナイフ?良いけどさ」
セレストがゆったりとしたショートパンツを少し捲ると、引き締まった白い太ももが露わになる。
その太ももには、ベルト状のホルスターがあり、三本の小振りのナイフが収まっていた。
その落ち着いた雰囲気にあまりにも反する、物騒なものが突然出てきて、絵里香は動揺する。
「え?太ももにナイフ……?」
「えへへ、ここが一番取り出しやすかったの」
(なんでナイフを持ち歩いているのかが、まず謎なんだけどなあ)
異世界ではそういうものなのかもしれない、と絵里香は思いつつ、セレストの慣れた手つきを見つめる。
セレストは、スルリと一本ナイフを抜き取ると、刃先を持って、金色の持ち手をオーカーに向ける。
オーカーはそれを受け取ると、ん、と絵里香に手を差し出した。
「手を出せ」
「え、うん」
恐る恐る、絵里香は右手をオーカーの手に重ねる。すると、オーカーが手を掴み、掌を上に向けた。そして、突然その人差し指の腹を、セレストから借りたナイフの刃を当てる。
「ちょっ」
あまりにも突然のこと過ぎて、絵里香には止める暇がなかった。
オーカーはそのままナイフで指をなぞると、その部分がぱっくりとわれ、血が中から溢れてくる。
「痛っ」
「その指をそのまま、魔道具に押し付けろ」
絵里香は、何故指を切られたのかまったく理解できなかったが、とりあえず言われたことに従う。
戸惑いつつも、人差し指の腹を魔法具の中心に押し付けると、魔法具が淡く光った。
「もう離して良い」
「う、うん」
絵里香が指を離すと、指で触った場所には、血はおろか、曇りすらないツヤツヤのままだった。
驚いた絵里香が、自分の人差し指を見てみるも、まだ指の腹は赤く濡れていた。
「あ、あれ?」
「魔法具が血を吸収したんだ。もう一度掌を出せ」
「はい……」
絵里香が、頭の中をハテナマークでいっぱいにしながら、掌を出すと、オーカーの右手が絵里香の指を覆った。
「え?」
「見ていろ」
その瞬間、オーカーの手の中から緑の光が漏れた。
それと同時に、指が暖かさに包まれ、先程まであったジンジンとした痛みが引いていく。
オーカーが手を離すと、絵里香の傷が完全に塞がっていた。
まるで、初めからそこに傷などなかったかのように元通りになった指を見て、絵里香は、感嘆の声を上げた。
「治ってる!」
「治癒魔法だ」
初めて見る治癒魔法に感動している絵里香を見ながらセレストは溜息を吐く。
「オーカー。たとえ、治癒魔法で治すからといって、人間を勝手に傷つけちゃダメだよ」
「わかったわかった」
「わかっていないでしょ……」
セレストの小言を軽くあしらいながら、オーカーは絵里香にしたときと同じように指を切りつけ、魔法具に血をつける。
そして、オーカーが軽く手を振ると、絵里香同様、傷が全くなくなっていた。
オーカーは、それを確認すると、ナイフに付いた血をハンカチで拭いて、セレストに返した。
それをセレストが困った顔で受け取る。
こうして二人分の血を吸収した魔法具は、強い光を放つ。
オーカーが魔法具を箱から取り出してみせると、透明だった色が、白に変化していた。
「これで契約完了だ」




