信じたもの
「……マジかよ。ってことは、あんた、何歳?」
ノリは歯に衣着せぬ物言いをする。
「もうすぐ六○になります」
「六○……見えねえな。いや、角度によっては見える……か?」
「不思議な顔立ちだと、よく言われます」
伊東さんはそう言って苦笑した。
「……ともかく、これで矛盾はなくなりましたね。クローン技術の確立より先に、遺伝子を取り除き性格をつくりかえる研究は完成していた。違いますか? 実さん」
実さんは重々しく頷いた。
「そうよ。性格をつくりかえる技術……そちらのほうが、できたのは先だった」
「待てよ、どういうことなんだ。理解できない」
ノリはかぶりを振る。思考をまとめようとしているが、うまくいかないようだ。
「伊東さんからその可能性を聞いたとき、僕は、都合が良すぎると思った。でも、高速バスの中で色々と考えて、浮かんだ考えが正しかったと知って……現実味のある可能性だと思えるようになったんだ。父さんは、ノリを閉じ込めたかったわけじゃない……存在を、なかったことにしたかったわけじゃない。誰よりも遺伝子の可能性を信じ、それに怯えてきた父さんが、遺伝子ではないほうの可能性を信じたんだ」
「……人間の性格は、遺伝子情報と環境によって形成されると聞いたことがあります。城戸さんのお父さんは……環境のほうを、信じたのですね」
伊東さんの言葉に、僕は頷く。
「根っからの科学者……それも、禁忌にさえ触れる天才的な科学者だった父さんからすれば、それはとても難しいことだったかもしれません。でも父さんは、オリジナルのノリを、つくりかえようとはしなかった。歪んではいたけど……父さんは、ノリを信じていたんじゃないのかな」
「馬鹿言うな!」
ノリが立ち上がり、テーブルを拳で強く叩いた。伝わってくる振動が、ノリの魂の叫びのように感じられる。
「だったら、どうして俺を家の中に閉じ込めた!」
「僕と入れ替われば、外には出られた。……もし僕が、もっとうまくやれてたら……ノリが外に思うように出られない窮屈さを、もっと汲み取ってやることができたら……ノリはノリの人間関係を築くことだって、できたと思う。それは父さんのせいじゃない、僕のせいだ。……ごめん」
ノリは脱力したように、再び椅子に座った。それから、頭を抱える。
「分からない……何も、分からない! 父さんが何を考えていたのか!」
「……それは、僕も同じだ。だから僕もノリも、ここに来たんだろう。僕たちが知らない父さんを、知る人物に会いに……」
僕の視線は、まっすぐ実さんに注がれている。以前訪れたときは、母の話は聞けたけれど、父の話はほとんど聞けなかった。
僕たちは父という、天才的で歪な人間のことを、何も知らない。




