父の影
「ですが……伊東さんはあの実験を、正気の沙汰ではないと」
「はい、確かに言いました。ですがそれは、ただの生理的な嫌悪感によるものです。人間を好きなようにつくり変える……それが禁忌であることが当たり前だと思っていましたから、禁忌に触れる行為に嫌悪感を感じた、ただそれだけのことです」
当事者の僕を目の前にしても、伊東さんは淀み無く喋る。それが逆に嬉しかった。真剣に、向き合ってくれている。何者でもない僕に。
「生理的な嫌悪感も、憎む理由にはなり得るのでは?」
「そうでしょうか。嫌う理由にはなるでしょうが、憎む理由にはならないでしょう。その嫌悪感だって、長く生きて世間に毒された『当たり前』の産物です。実際に私は、こうしてタツさんと話をしていて、嫌悪感なんて感じていません。タツさんがクローンだと知っても、です。本当ですよ。そりゃあ、驚きはしましたけどね」
伊東さんの表情は、あくまで柔らかい。だからこそ、思っていることをすべて、言ってしまいたくなる。
甘えているのだ。僕は伊東さんに、父の影を見ている。甘える相手を、得たつもりでいるのだ。
もっもこうして、父にも甘えていれば、僕も愛されたのだろうか。
僕が愛されるということは、ノリが傷つくということかもしれない。オリジナルのためには、僕とは一線を引く必要があったのだろうか。僕の記憶では、父は僕とノリの両方に、ある程度の距離を置いて接していたような気がするのだが。
「でも、僕は……ノリの身代わり、影武者にすぎないんですよ。それに、ノリはもう犯罪を犯してしまった。影武者の役割すら、ろくに果たせなかったということです。いや……今こそ、僕は影武者としての使命を全うすべきときなのかもしれません。警察に自首して、ノリの代わりに……」
そうしたいなんて、思ってはいなかった。ノリの恨みは、相当なものかもしれない。でも僕だって、城戸辰徳としての人生を今日まで生きてきたという自負がある。僕も、ノリも、どちらも望んだことではないとしても、事実として、そうなのだ。
それでも、ノリに対する罪悪感は、やはり、ある。そんな罪悪感さえつくられたものなのかもしれないと思うと、気が滅入るが。
「それはなりません。あなたが自首してしまったら、あなたは冤罪で服役することになるんですよ」
「でも、もう一人の僕の罪です」
「ノリさんはノリさん。タツさんは、タツさんです。法律に縛られ、二人で一人としか行動できないけれど、過ごしてきた時間、考えてきたことは違うでしょう。だってそこには、二人の知的生命体の、それぞれの生があったのですから」
僕は僕。ノリは、ノリ。思えばそういうふうに考えたことは、なかった。僕たちはいつだって二人で一つ。考え方も趣味嗜好も、そっくり同じ。そう思ってきた。でも実は違ったのだ。考えていたことも、嗜好も。
「僕たちはいつでも、法に縛られていました。父さんは、とんでもないことをしてくれたものですよ」
「そうですね、あなたのお父さんがしたことは、歪で不完全で、それゆえにあなたたちを縛ることになった、とても罪深いことだと思います。禁忌だとか、そういうことを抜きにしても、です。ですが私は……あなたをお父さんがつくり出したのは、ただ単に影武者が必要だったから、というだけだとは思えません」
「どういうことですか?」
それ以外に、どんな理由があるというのだろう。




