表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/87

予期

「なんだよ、これ……」

「父さんの、遺書だ」

 僕がそう言うと、ノリはふんと鼻を鳴らした。

「今更そんなものがなんになる。内容は俺もお前も知ってるだろうが」

「違う……僕たちが聞いていたことが、すべてじゃないんだ。あの遺書にはまだ……書かれていることがあった」

「……なんだって?」

「とりあえず読んでみてほしいんだ……僕を殺すのは、それからでも構わないだろ?」

「……ちっ」

 ノリは僕から封筒を取り上げると、乱雑に中身を引っ張りだし読み始めた。次第に、ノリの表情が曇っていく。

 その瞬間だった。アパートのドアをドンドンと誰かが拳で叩いた。僕はすぐにその正体に思い当たった。

「城戸さん! 大丈夫ですか! 警察を呼びますか!?」

 伊東さんだ。椅子が倒れる音を聞いて、駆けつけてきてくれたのだろう。かなり大きな音だったし、あまり防音性に優れていそうにはないこのアパートなら、外まで聞こえていてもおかしくない。他には、鳥の囀りや葉の擦れる音、遠くの車の微かなエンジン音くらいしか聞こえなかっただろうし。

「ちっ」

 ノリは本日何度目かの舌打ちをすると、封筒をポケットに突っ込んで僕から離れた。それから、窓に向かっていく。窓から逃げるつもりらしい。ここは二階だが、大して高くはない。捻挫くらいはするかもしれないが、骨を折るほどではないだろう。十分に逃げられる。

 逃がしてはいけない、と思った。でも、体が動かなかった。今になって、床に打ち付けられた痛みが襲ってくる。思ったより強く打っていたらしい。受け身も取らなかったからな。骨は大丈夫だろうが。

 ただ、少しして、わざわざ引き止める必要もないことに気づいた。

 僕はノリの背中に声をかけた。

「なあ、ノリ……。わざとだったんじゃないのか?」

 返事はない。

「わざと、大きな音を立てたんじゃないのか? 伊東さんが外にいることは、分かっていたはずだろ……。なあ、ノリ、お前は……止めて欲しかったんじゃないのか。僕を殺すつもりなんて、初めから――」

 僕の視界から、ノリが消えた。飛び降りたのだ。下は茂みだったらしく、着地音は大してしなかった。少し遅れて、走り去る靴の音。そういえば僕もノリも靴を履いたままだった。このことを想定していたのだろうか。それは考え過ぎか。

 僕はふらつく足取りで立ち上がり、玄関に行き鍵を開けた。伊東さんは僕を見て、ホッとしたように息を吐いた。

「良かった、無事でしたか。……今、ノリさんが窓から飛び降りて出て行きました」

「ええ、そのようです」

「追いますか? 今ならまだ間に合うかも……」

 僕はかぶりを振った。その必要はない。

「ノリがどこへ行くかは、分かっています」

 伊東さんが怪訝そうな顔をする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ