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叶わなかったこと

「でもさあ、そんなのさ、親のエゴだと思うんだよ。それもさ、家族愛なんて綺麗なもんじゃなくて、保身でしかない薄汚いエゴだ」

 何の話だろう。僕は一瞬、分からなくなった。自分の思考に溺れていた。しかしすぐに思い出した。影武者として僕をつくった、という話だ。ノリはそのことについて、父を恨んでいるのだ。

「だって俺はさ、俺の人生を、お前に奪われたんだぜ?」

 ぐい、とノリが顔を近づけてくる。

「お前は、俺の影武者として生まれたことにショックを受けているかもしれない。でも勘違いするな。最もショックを受けているのは俺だ。自分が歩むはずだった人生を、後から生み出されたクローンが代わりに生きてるんだぜ? 俺なら、お前みたいな寂しい人生にはしなかった。友達をたくさん作って、女も抱いて、夢も人並みに追って……。やりたいことは山ほどあったさ!」

 ノリが僕を突き飛ばす。僕は椅子ごとフローリングの床に倒れた。思ったより大きな音がして、ガツンと肩をぶつける。しかし、痛みはほとんど感じなかった。感覚が麻痺している。

 倒れた僕の上に、ノリが覆いかぶさる。狂気に満ちた目。そこで僕は初めて、恐怖を感じた。

 このままでは、殺されてしまうかもしれない。

「学校に通ってみたかった。将来の夢に悩んでみたかった。友達と喧嘩したり、好きな女の子に告白したりしたかった。何も叶わなかったんだ。もう取り戻せないことがいくつもある! お前に俺の気持ちが分かるか!?」

 何も言えなかった。なんと答えても、ノリの気持ちを落ち着けられるとは思えない。

「でもさ、これからまだ、取り戻せることもあると思うんだよ」

 僕の顔に温かい滴が垂れた。ノリが泣いているのだった。涙。生きている人間からしか滴らない、液体。

「俺が代わりに、お前の人生を生きるよ。……いや、違うな。お前の人生を、俺に返してもらう。残りは俺が生きる。お前の薄っぺらい人生なんか、すぐに乗っ取れる。でも、そのためにはお前の存在が邪魔なんだ。分かるだろ。分かってくれるだろ。なあ」

「……違う」

 辛うじて絞り出せたのは、そんなか細い否定の言葉だった。

「は? 違う? 何が?」

「父さんは確かに……研究を、守りたかったんだと思う。それは間違いない。でも……ノリ、お前のためでもあったんだ……少なくとも……僕のためではなかった」

「何言ってんだ?」

 僕はポケットから、一封の封筒を取り出した。ノリは僕の手の動きを慎重に見張っていたが、止めはしなかった。

 僕が取り出したのは、キタガミさんから受け取っていた、父の遺書だった。

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